スタージャッジ 第4話
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アタカマさんはロビーのあった階に下りて、待合室の一つに案内してくれました。相手が誰なのかアタカマさんは教えてくれません。向こうが言うなと言ったそうです。この星では人を驚かせる趣味が流行ってるとしか思えません。

ドアを開けると、窓の無い部屋で、椅子と菱形のテーブルのセットが四つあります。部屋の一番奥には例の粒子挙動シミュレーションがあって、二メートルぐらいの人がそれを見ていました。身体にぴったりした鮮やかなイエローのジャケット。サブリナ丈よりちょっと短めの黒いパンツから、すごくきれいな長い足。オレンジと金色がメッシュになったような長い髪を、ショールみたいに肩にふわっと巻いてます。腰に左手を当てたポーズといい、地球だったら派手な女スパイかキャリアウーマンって感じです。で、その人がゆっくりとこちらに向き直りました。

〈‥‥ラ、バード‥‥か?〉
〈生きていて何よりだ、スタージャッジ。その格好を見るのも久しぶりだ〉
ぎょろっとした大きな目で小首をかしげたラバードさんがそう言いました。マゼランが大股でラバードさんに近寄ります。
〈‥‥こんな所まで、会いに来てくれたのか?〉
〈いや、ついでだ。誰がお前の顔なんか、見に来るか〉

ラバードさんはにやっと笑うと、マゼランの額をぱちんとはじきました。
〈無事、自由人になったようだな〉
〈ああ。色々世話になっちまって‥‥。あんた‥‥最初から、わかってたんだな‥‥〉
〈わかってたわけじゃないさ。ただヨーコがお前についてコンテナに乗り込んできた時、こいつはお前にとっての"必然"じゃないかとふと思った。そうしたらそのあとすぐに十分すぎる"偶然"が起きてくれて、確信しただけだ〉

アタカマさんがあたしにちょっと目顔で挨拶するとドアを閉めて出て行きました。ラバードさんが近づいてきて、あたしの頭に手を置きます。
〈友達を通り越して、パートナーになったな。予想はしていたが、よくやった〉
ラバードさんの手を取って両手で包み、ラバードさんの顔をまっすぐに見上げて言いました。
「はい。‥‥ラバードさんのおかげです。踏み出す勇気くれたから‥‥。本当にありがとう」

〈その服は何か特別なものなのか?〉
「結婚するときに着る地球のドレスで、博士が作ってくれたんです」
〈そうか。似合ってるぞ〉
「ありがとう‥‥。あの‥‥ラバードさんも、普段はそういう格好なの? すごく素敵ですよ」
〈それそれ。いったいどうしちゃったんだ、ラバード?〉
〈いや、こっちも色々あってな〉
ラバードさんが一番近くの椅子に座ると長い足を組みます。彼女と鋭角を挟んだ辺にマゼランが、あたしはそのまた隣に座りました。

〈マリスにやられたカミオの友人というのが、例のアミューズメント・プランツの開発者でな。命はとりとめたが普通の生活に戻れるまでにはもう少しかかりそうなんだよ。それでしばらくこっちを手伝おうと思ってる。プランツの販売のためには会社も作らなきゃならんだろうし。あいつは研究者としては一流だが、そっちのほうはからっきしだし、他のカミオ人を共同経営者にするのはなんとも心配だ。ということで、わたしがやることにした〉
「じゃあラバードさん、あの夢の木の会社の副社長さんになるのね?」
〈厳密に言えば‥‥‥‥社長夫人兼副社長になる‥‥予定だ〉

「きゃああっ! ラバードさんっっっ!!」
〈フラーメみたいに騒ぐなっっ〉
〈良かった‥‥。良かったな、ラバード!〉
「おめでとうございます! わーいわーい!!!」
〈おとなしく席に座ってろ!〉
ラバードさんの髪がふわっと浮き上がりかけたので、あたしは慌てて席につきました。

〈それでだ。その件についても、スタージャッジ、お前がらみで色々あってな〉
〈なんで? ああ、アミューズメント・プランツを公開技術にしないでやったからか?〉
〈‥‥今度あんなこと言ったら、ぎったぎったにしてやるぞ!〉
マゼランってラバードさんと話してる時が一番楽しそう。すごくのびのびしてる気がします。

〈お前、無神経にもプランツの芽をクライリー電送でここに送ったろうが〉
〈ああ。どうせあんたのだし、多少塩基配列がずれても巨大怪獣にはならんだろうと‥‥〉
〈‥‥お前の心根はよくわかった‥‥いや、前からわかってるが。で、戻してよこした奴がな、初めて種子をつけた。それまでどうしても種の固定ができなくて、種子自体に色々操作した上、途中まで育ててみないとどうなるかわからず苦労してたんだ。で、調べていったところ電送で配列の狂った部分がキーファクターだった。おかげでアミューズメント・プランツの量産に光明が見えてきたというわけだ〉
〈それで事業を起こす道ができ、一方でマリスのために恋人がケガをして、結婚に踏み切った‥‥〉
〈そうだ〉
〈あんたにも‥‥偶然の顔をした必然が来たんだな〉
〈そのようだな〉

マゼランが口元にだけ笑みを貼り付けたまま、呟くように言いました。
〈陽子と一緒に居ようと決めた時、僕はあんたのことを思い出した。愛すること、愛されることを知った上での三千年の孤独をどうやって越えたのかと‥‥。僕は今までは孤独の意味を本当には分かってなかった。でも‥‥陽子と共に歩み、陽子が寿命を迎えたあと、自分はどうなるんだろうって‥‥〉
〈考えて、怖かったか〉
〈ああ〉
〈それでもこの道を選んだのはなぜだ?〉
〈選んだというか‥‥。陽子と別れる道なんて、あの時の俺には見えなかったんだ〉
〈そうだろうな。人は"今現在"しか生きられない。未来やましてや過去に生きるなんて無理だからな、その瞬間、その瞬間を生きていくしか無いんだ。まあわたしは、最初からアーリーの物として作られた民生品だったから、お前のような選択を迫られることはなかったが‥‥〉

ラバードさんが背もたれに身体を預けて、天井を見上げました。
〈アーリーは自然主義者だったから、病で死ぬならそれを受け入れる主義で、ボディを換えるなど絶対にしないことはお互いよくわかっていた。そして前に話したように、わたしが自由人になったのは彼の死病がわかってから‥‥というより、わかったから覚醒したのだと思う〉
〈自然主義者が‥‥よくあんたを‥‥〉
〈アーリーに言わせれば、わたしも"自然"なんだそうだ。彼は一般的な巨視的な意味での自然に惹かれると同時に、あのつぶつぶゲーム的な"系"のもたらす現象にも惹かれていたから〉
ラバードさんが粒子挙動シミュレーションのインテリアをくいっと顎で示しました。

〈アーリーが死んで、自分も消滅したいと思ったことは何度もあった。でも彼がやり残したことがまだあって、彼の仲間とそれに追われてるうちに気づいた。アーリーの代理ではなく、自分もそうしたいと思っているのだと‥‥。アーリーの仲間は、既にわたしの仲間だったんだと‥‥。
 つぶつぶゲーム的に言えば、アーリーは消えてしまったパターンじゃない。わたしというパターンを動かすルールとしてわたしの中に入り込んでしまったんだ。だからアーリーのために生きようと思うこともやめた。生命が生きることで遺伝子は伝わっていくが、自然人は遺伝子を残すために生きてるわけじゃない。とはいえ‥‥〉

ラバードさんがあたしとマゼランを見比べて、にやっと笑いました。
〈これはわたしとアーリーの一例だ。お前達はお前達のパターンを描くしか無いのさ。ヨーコがどういう道を選ぶかでまた話は変わるわけだし、ヨーコがお前に愛想を尽かして出てくかもしれんしな〉
〈ええええっ!?〉
「そんなことしないってば、ラバードさんっっっ!!!」
ラバードさんったら、また大笑いしてます。
〈しばらくは地球でお前をからかえないかと思うと、つい、な〉
〈しばらくじゃなくて、永久にカミオに居ろ!〉
悪態をついてるマゼランも笑ってます。

「ねえ、マゼラン、今晩お夕食一緒にって博士が仰ってたでしょう? ラバードさんを呼んだら‥‥」
〈勘弁してくれ。役人は手続きで付き合う奴だけで十分だ〉
ラバードさんが立ち上がります。
〈じゃあわたしは行くぞ。まだやることが色々あるからな〉

「あ‥‥。ラバードさん、地球にはもう来ないの? もう、会えないの?」
〈アミューズメント・プランツのデモ・パークが出来たら招待状を送ってやる。お前に"だけ"な〉
あたしに、ばちん、とウインクしたラバードさんがドアに向かいます。マゼランももうそっちに立ってました。
〈がんばれよ、ラバード〉
〈坊やもだ。最初は慣れないことも多いだろうが、時間はいやになるほどある〉
ラバードさんがさっきあたしにやったみたいに、マゼランの頭をぽんぽんと叩こうとしました。それをマゼランの掌が受け止めます。ラバードさんの大きな目がもっと大きくなりました。

マゼランが手首を回し、自分の手を頭の上から顔の前に持ってきます。上向けたマゼランの掌。その上にラバードさんの掌が重なって‥‥。マゼランからラバードさんへの、尊敬と感謝のサイン‥‥。

マゼランはにっこり笑うと、ラバードさんの手をぽんと跳ね上げるようにして手を降ろしました。
〈また、会おう〉
ラバードさんがにっと笑って応じます。
〈そうだな〉

マゼランがドアを開け、みんな廊下に出ます。あたしはもう一度お辞儀をして、マゼランは軽い敬礼もどき。あたし達を見たラバードさんはちょっと小首をかしげて笑みを浮かべると、くるりと振り返ると出口の方に歩いて行きました。
「会えて良かったね」
「うん。変な話だけど、あいつに一番会いたいと思ってた」
「ラバードさん、マゼランの友達だよね」
「ああ」

と、マゼランがあたしを見て、いたずらっぽく笑いました。
「ねえ、陽子・ジョーダン。貴女は僕に愛想を尽かす前に、なんでも僕と話して、状況を回避する対策をとることを誓いますか?」
思わず吹き出しちゃいました。
「なに‥‥、それ‥‥っ! 誓います! 文句でもなんでもちゃんと言うわ! マゼランこそ、大事なところであたしの翻訳機とったりしないって約束する? あたしに心配かける勇気を持つって約束できるの?」

そうです。この前の事件の時、この人、自分が死んじゃうかもしれないのに、あたしに隠してたんです。ばれないようにバレッタとりあげたりして‥‥。マゼランが、うっと詰まりました。
「ご‥‥ごめん。‥‥もうあんなことしません。約束します」
「あなたが行くべき場所ならば、地球から何万光年離れたところへも、あたしを連れて行くって誓いますか?」

マゼランが大きく息を吸って、長く吐き出しました。
柔らかく微笑んで、それがとびっきりの笑顔になっていきます。
「誓います」
あたしの両脇に大きな手が添えられて、あたしの身体が宙高くに持ち上げられました。

「どんな時も、どんな事柄も、どんな空間も、君と分かち合って生きていくことを、僕は誓います」
あたしを見上げるマゼランの顔は、優しく、嬉しそうで、同時にとても真摯なものでした。それが涙でにじんでいきます。
「あたしも‥‥誓います。いつもあなたと一緒にいます」
次の瞬間、あたしは彼の胸の中にいて、ぎゅっと抱きしめられていました。


それぞれに。時にためらいなく、時にとまどいながら、選んできた道が、不思議に重なりあってここまで来ました。この人の幸せが自分の幸せであることも、この人があたしの幸せをいつも考えてくれることも、怖いことや苦しいことすら満ち足りた想いに続くことも、そしてそれが未来へずっと続いていくことも、あたしは知っています。

なぜなら、あたしがそう生きるから。
マゼランがそう生きるから。

あたしは、この人と共に、生きていきます。

     (完)

2013/04/25

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