スタージャッジ 第4話
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「着いたよ。あの星だ」
マゼランが示した星は真っ黒と青のまだら模様。青いところは海‥‥だと思いますが、大陸部分がほとんどオニキスみたいに黒いってどういうことなんでしょうか。
「どうしてあんなに真っ黒なの?」
「ほとんどが太陽電池パネルだから。ここ、大気組成が悪くて太陽の光がダイレクトに地表まで届いちゃうんだ。戸外に居られないどころか、変異が発生しすぎて生命として定着する確率が低い。なので逆に連合の本部にしたんだって。大陸の殆どは建物で、屋上が電池パネルになってる」
全部建物‥‥。全部太陽電池‥‥。考えらんない‥‥。

船はもう大気圏に入ってます。緩やかに降りていく‥‥つまり宇宙船がだんだんに飛行機になっていくような感じなので大気圏突入も楽勝。さすがに本部は出入りが多いようで、混んでて着陸までに時間かかるんだよなぁと操縦席のマゼランがぼやいてます。
「重力は地球の八割ぐらい。酸素濃度が低めだから部屋の外では必ず簡易マスクつけて、具合悪くなったらすぐ使って。あと一日が地球の三十二時間ぐらいあるから疲れると思う。早めに寝たほうがいいね」

宇宙でも生命は細胞から出来ていて循環に水を使うのが多数派だそうで、本質的には地球の動物とあまり変わらないそうです。たいていは水と酸素が必要。自分で栄養を作れる人もいるけど、一応食事や睡眠も必要。ただ家や衣類といった生活習慣のレベルになると本当に様々で、たとえば服を着る種族もあれば着ない種族もあるそうです。ということで、当初色々想像してたよりは敷居は低そうなんですよね、宇宙生活。

どんどん地表が近くなっていって、高速道路のような道が何本も走っている箇所が見えてきました。道は薄いグレーで黒い屋根の中に消えていきます。マゼランはそのうちの一つに船を着陸させ、船は黒い屋根の下に入っていきました。駐車場みたいなところの一角に、マゼランが器用に船を入れます。
あたしは簡易マスクを付けてます。マスクと言っても薄い生地で顎から鼻までを覆ったのに小さなパックがつながってるだけ。邪魔な時は顎の下におろしておけばいいの。まったくなんでこれで役に立つのかわかりませんが、実際に苦しくないんですよねぇ。こういう小さいグッズにも、本当に驚かされます。

マゼランの後について船から降りてゲートに向かいます。途中トンネルみたいな所をくぐって出たところ、係の人にマゼランが言いました。
〈未接触惑星保護省第二十八局所属スタージャッジ0079です〉
制服を着た背の高いその人が屈んでマゼランの額に何か装置をあてました。
〈承認しました。後ろの人物が851銀河104系第3惑星の生命体ですね?〉
〈はい〉
〈あちらで担当官が待っていますので、どうぞ〉

係の人が示した先にいたのは制服を着た二人の人。二人とも地球人に似ています。二メートルを越えた人は小さな角があって目が四つ。もう一人は百八十センチぐらいの人で‥‥ほとんど地球の女性に見えます。肌がすごく白くて、目は全部紫色なのが違ってますが、とびきりの美人のお姉さんです。

〈ビメイダー管理局のアタカマです〉
角のある人が身分証を見せてそう言います。次にお姉さん。
〈ID管理局移民課担当官。医師でもあります。ルチルと呼んでください〉
〈スタージャッジ0079です。こちらが‥‥〉
〈初めまして‥‥ヨーコ、と、呼んで、ください〉
恐る恐る標準語で言ってみたら、二人が固まったので、マゼランに小声で聞きました。
「やっぱり‥‥通じてない?」

いきなりルチルさんがあたしに抱き付いてきました。
〈ヨーコね! 貴女、標準語、もう勉強したの!?〉
あたしは手をバタバタさせて英語で叫びました。
「挨拶だけです! 挨拶だけ教えてもらったのっ」
〈ドクター・ルチル。来る途中で挨拶だけ勉強したんです。まだ意志疎通は無理です〉
マゼランが笑いながら言います。
〈でも偉いわ。気に入ったわ!〉
「あ、ありがとう‥‥」

〈ではまず博士からのプレゼント〉
ルチルさんが赤いちょっと派手なペンダントを出すと、どこかを押さえてあたしに向けます。
〈なんでもいいから何かしゃべって〉
「え? あ‥‥ただいまマイクのテスト中‥‥」
〈OK。これで貴女の言うことだけを標準語にしてくれるわ。双方向だから今までの翻訳機外していいわよ〉
「ほんとに? あたしの言うこと、わかってくれるの?」
言い終わるか終らないかのうちにペンダントから標準語が、バレッタからそれを翻訳した結果の英語が聞こえてきました。

〈博士がわざわざ陽子のために?〉
マゼランの問いにアタカマさんが肩をすくめて答えました。
〈ここのところライプライト博士の"膨大にして深淵なる灰色の脳細胞"はフル稼働だった。0079、君と君の担当惑星とヨーコに首ったけ。日々君の送ってきたデータに埋もれていたわけだ。となれば双方向の翻訳機なんて文字通り朝飯前だって、わかるだろう?〉
ライプライト博士はマゼランを作った博士だと聞きました。天才ばかり生まれる星の人。ライプライト博士って実際はご夫婦で、旦那様がライト博士、奥様がライプ博士。でも普通はまとめてライプライト博士って呼ぶんですって。キューリーご夫妻、って感じなんでしょうね。

〈じゃ、0079。お嬢さんは預かるわね。二、三日で終わると思うけど、また連絡するから〉
言われてた通りここから二人は別々です。マゼランがちょっとだけあたしの肩を抱き寄せると、早口の日本語で言いました。
「怖いことないから。君の思うとおり感じたとおりに行動すればそれでいいから。頑張って」
「うん、ありがと。マゼランも気を付けてね」

ルチルさんの後について部屋を出てエレベーターのようなものに乗りました。箱が下に降り始めます。あたし達二人だけだし、もうマゼランにも聞こえないだろうと思って、彼女に聞いてみました。
「あの、ルチルさん。マゼラン、大丈夫ですよね?」
ルチルさんが面白そうな顔であたしを見下ろしました。六本指の白い手が伸びてきて、あたしの顎をちょっと持ち上げます。濃紫の大きなアーモンドみたいな目があたしの顔を覗き込んできます。かなりどきっとしました。なに? 何かまずいこと言った?

〈マゼランって0079のことね? 興味深いわね。自分のことよりホームに居る人間のことが心配?〉
「いえ‥‥その‥‥。彼、あたしを助けるために命令違反をしたみたいで‥‥。逮捕されそうになったりもしたし‥‥」
〈わたし達が信じられない?〉
「‥‥だって、よく、わからないもの‥‥。マゼランに何かあったら‥‥」
〈帰れなくて困るわね〉
「違います! そんなことじゃない!」
思わずキツイ言い方しちゃいました。

「本部の人から、自由人になれれば処分しないって言われたんです。マゼラン、あたしを助けようとしただけなのに。刑事さん達だって"逮捕して調整する"って言ったんですよ! 白い人が殺人犯で、マゼラン、あんなにケガしてて、それでも戦って捕まえたのに‥‥」
刑事さん達がマゼランを囲んで銃を向けて逮捕すると言った時‥‥。すごく悔しかったんです。ひどいと思った。偉そうな人がわかってくれたから良かったけど‥‥。
「叡智っていうの教えてもらって、宇宙は優しいって感じたけど、でも、その優しさ‥‥ビメイダーにもちゃんと向けててくれるんですか‥‥」
あたしはこの試験に落ちても、たぶん記憶を消されるだけです。でもマゼランは‥‥?

〈ごめんなさい。その顔、怒ってる‥‥のかしら?〉
「‥‥あ‥‥。‥‥少し‥‥」
〈貴女、本当に0079のことが好きなのね〉
こっくりと頷いたところでエレベーターが止まり、ルチルさんがあたしの肩に手を回して、そのまま廊下を案内してくれます。
〈ビメイダーに変化が訪れた時って微妙でね。実際に異常行動をとってまずいことになるケースもあるから。でも0079はほぼ百%大丈夫。そして自由人のビメイダーは連合の財産だもの。どうこうするわけないじゃない?〉
「財産‥‥?」
〈あ、所有するって意味じゃないわよ。優秀な人材ってこと。極めて能力が高く、なにより自然人よりはるかに善良な彼らが、真の意志と主体性を持って任務をこなしていくんだから、こんな有難いことはないわ〉
「‥‥そう‥‥なんですか‥‥?」
〈ああ。貴女、まだ、完全な成人体じゃなかったのよね。よく分からないかもしれないけど、そういうものなの。保護省もビメイダー局も彼の覚醒を喜んでるはず。安心しなさい〉
「はい‥‥」
なんだか煙に巻かれたような気がしましたが、ルチルさんは嬉しそうなので、大丈夫、なのかな‥‥。彼女に押されるようにして、また歩き始めます。

〈でも、0079、彼、けっこう素敵ね。うちの局にスカウトしようかしら〉
「え?」
あたしは思わずストップしてしまいました。少し先に進んだルチルさんがくるりと向き直って、にっこり笑います。超美人さんの超笑顔です。

〈素直そうだし、すごく真面目に仕事やってくれそうだし、なにより可愛いし‥‥。誘惑してみようかな〉
「ええっ!? そんな‥‥、だ、だめです! いえっ、その、お仕事はマゼランがそうしたいなら、いいと思いますけど‥‥、誘惑って、そんなっ‥‥」
焦って手を振り回すあたしの顔を見て、ルチルさん、大笑いを始めました。
〈冗談よ、冗談。パートナーが固定の星の人達って、からかうとほんと面白いわぁ!〉



エレベータから目的地まではずいぶん長く感じました。勝手がわからないから余計そう感じただけかもしれません。地球のビルの廊下と違って丸くなってるとことか動く廊下も多くて、絶対一人じゃ元に戻れません。背の高いルチルさんについて一生懸命歩いてたらちょっと気分も悪くなって、慌ててマスクも使いました。ほんとに酸素、薄いんだ‥‥。気をつけなきゃ。
ルチルさんの部署の区画につくと、彼女はまずあたしの部屋に案内してくれて、荷物を置いてから夕食に行くことになりました。レストランは"街"にあります。"街"というのは建物の一階のことで、天井がすごく高くて、一軒家風に作られてる区画がたくさんある場所のこと。天井全体が本当の太陽の動きに合わせて明るさを変えて、まるで外にいる気分になるように作ってあるんだそうです。

この星は連合の政治の組織や団体が集まっているので、本当に色んな人がやって来る。でも現実問題色んな大きさの人が一か所に集まると大変なので、身体の大きさごとに建物が別になってるんですって。今あたしがいる建物は身長が地球人ぐらいからオーディさんぐらいの人達向け。地球人は連合加盟の人たちの平均からすると小さいほうなんだそうです。

しかし皆さん、ほんっとうに色々です。身体が毛皮で覆われている人、羽毛の人、ウロコ?みたいな硬そうな身体の人もいます。そういう人達は服を着てたり着てなかったり。でもあたしやルチルさんのような肌の人はみんな服を着てるみたい。服を着るのは、その‥‥ハダカでいることが恥ずかしいせいと思ってたのですが、ルチルさんには「保護ができればなんでもいいのよ」とあっさり言われてしまいました。な、なるほど‥‥。

入ったお店はルチルさんの故郷アナタイス風。地球人の生物学的構造は比較的アナタイスの人に似ているんだそうです。だとすると食事も普通に食べられるのかな?
店内はシンプルで機能的な感じですが、久しぶりに金属以外の壁に囲まれてほっとした気分です。案内されたテーブルは少し奥まった一角。面白いのがテーブルが菱形なこと。百二十度ぐらいの広い角を挟んでルチルさんと座ります。横に並ぶよりは相手が見えるし、でも正面じゃないからあまり緊張しないし、なんかいい感じです

〈ねえ、ヨーコ。貴女、本当に、0079の記憶を消されたくないだけで、特殊市民の申請をしたの?〉
「はい」
〈特に宇宙に出たかったわけじゃないのね?〉
「はい。‥‥あの‥‥ごめんなさい。あたしの星だと、まだ普通の人が宇宙に行くなんて考えられなくて‥‥。宇宙飛行士になろうって頑張ってる人ももちろんいますけど、あたしはそうじゃなかったから‥‥」
〈謝る必要なんてないのよ。特殊市民ってかなりレアケースだから聞いてみただけ〉
「あたしみたいな人、あんまりいないんですか?」
〈そうね。たとえば奴隷商人に無理やり拉致されて身体を改造されて帰れなくなったとか、事故で故郷がわからなくなったとか、そんなケースかな。とにかく少ないわね〉

そこにお料理が出てきて、おっかなびっくり食べてみました。薄味ですが思ったより美味しく食べられます。でもどう見てもシチューなのに冷たいの! これは盲点でした。温度の好みもまた色々違うんですね。宇宙のアイスクリーム、ちゃんと冷たいといいけど‥‥。

ルチルさんは本当に質問上手というか、マゼランのことや地球での生活について色々話しました。あと、マゼランには聞けないマゼランのことを教えてもらえたのが助かりました。たとえば、マゼランもいつか食事を美味しいと感じられるようになるか、とか。
あたし、お料理するの好きなんです。パパはなんでも美味しいというので信用できませんが、友達にはよく褒められるから、たぶんそんなにヘタじゃないと思います。だからいつか旦那さんに美味しいって思ってもらいたいなって、日々色々工夫してて‥‥。
でもマゼランにとっては食事は重要じゃないから、味の好き嫌いなんて不要だろうし‥‥。絶対できないこと夢見てたらマゼランに悪いから。そうしたらルチルさんが知り合いのビメイダーの人のお話をしてくれました。その人も自然人の人と結婚して、その生活の中で美味しいってことがわかるようになったんだそうです。マゼランが神月島で、風景をきれいと思ったの初めてだって言ってたから、美味しいもいつかわかってもらえるかな。

そんなこんなで何時間いたんだろ。お料理もすっかり食べちゃったし、ちょっと疲れても来ました。初めて外国に到着した日、疲れてるはずなのに妙にハイテンションになってることありますけど、あれと同じですね。
お皿が片付くとルチルさんが手を伸ばしてあたしの右手に触れました。ルチルさんの手、六本指で三本ずつに分かれてるから最初驚きましたけど、こうして見てると、じゃあなんで地球人は一本四本なのかなーなんて、逆に不思議になっちゃいます。
〈ヨーコはほんとに物怖じしないのね〉
「あ。人からよくそう言われます」
〈宇宙に出るの、ぜんぜん怖くなかったの? 何百光年も離れたこんなところに来ちゃって。帰ってみたら自分を知ってる人が誰もいなくなってるとか、そういうことだってあるのよ?〉
「もちろん多少は怖かったですけど、マゼランと一緒に居るためなら何でもやろうと思ってたんです。それに何よりマゼランがこうしてくれって言ったの初めてだったから、絶対に叶えてあげたかったの」

ルチルさんが少し首を傾げました。
〈単一の個体に対する深い愛情って、わたしの生まれ故郷には無い概念なのよね〉
「え?」
〈わたし達は仲間と繋がっていることが幸せであって、特定の個体に対する執着は無いの。ヨーコが0079のことをすごく好きだってこと、知識としてはわかるけど、本当に理解するのは難しいわね〉
ルチルさんがさっき言った、"パートナーが固定の星の人達"という言葉を思い出しました。
「同じ星の人なら誰とでも幸せになれるんですか? 初めて会った人や話したことの無い人でも?」

ルチルさんがにこっと笑って、あたしに触れていた手を上げました。
〈わたし達は接触テレパスなの〉
「せっしょくてれぱす?」
〈触れている相手の心が読めるの〉
「ええっ!」
ま、まずい。シチューが冷たくてちょっとがっかりしたこととか、ばれちゃったかな‥‥。

〈仲間とは触れれば分かり合えて、精神的に一つになっていく。星全体のためにみんなが同じ方向を向いてる。個体の独立性が低い特性を持った種族なんだと思うけど、わたし達はこれでいいの〉
地球だったら超能力ですが、ルチルさん達にとっては、心の中を見たり見られたりするのは、目で物を見るのと同じくらい普通のことなんでしょう。
〈相手が違う種族の場合は心に浮かんだ情景や感情がわかるだけだけど、でも嘘はすぐにわかるわ。これがわたしがこの仕事をしている理由でもあるのよ〉

ルチルさんがもう一度手を伸ばして、あたしの手を掴みました。一瞬、手を引っ込めそうになりましたが、あたしは思いとどまりました。これも検査のうち? 身体の検査で服を脱ぐなら、心の検査ではこれが普通なのかも‥‥。

‥‥あれ? でも、なんで緊張しなきゃいけないんだろう。本当に隠さなきゃいけないことなんて何にも無いんじゃない? もしあたしの中にあたしの気づかない嘘があって、それをルチルさんに見つかったのなら、そのまま不合格になってマゼランと別れたほうがマゼランのためですし‥‥。なーんだ。ドキドキする必要ないんだ。

ルチルさんがくすくす笑いました。
〈ヨーコは強いね〉
「え?」
〈わたし、本気で貴女のこと、気に入ったわ。0079は運が良かったわね、貴女のような子と会えて〉


2013/04/25

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