スタージャッジ 第4話
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マゼランが立ちあがって、たぶん殆ど無意識に、あたしを背中に回しました。
〈待ってください。どうして‥‥。そんな話聞いてない。なんで陽子の身体を変えなきゃいけないんですか!?〉
〈おかしなことを言うな。お前はビメイダーだ。その身体は半永久的に持つだろう。だがヨーコの身体はそうはいかん。だからそういう身体に移ってもらわねばならん〉

〈そんなのだめです! 陽子の寿命が僕よりずっと短いのはわかってる。僕は陽子が生きてる間、一緒に居られればそれでいい。そんなのもう、僕が一番よくわかってるんだ!〉
〈スタージャッジの貴方と一緒に居れば、またどういう事件に巻き込まれるかわかりません。生体としてのヨーコの身体は決して強靭ではない。規定に合わせてサイボーグ化するのはヨーコのためでもあります〉
〈僕が守る。もうあんなこと‥‥。陽子をあんな目に絶対遭わせない。だからそんなバカなことは‥‥〉

「‥‥いいです。あの‥‥あたし、身体‥‥変えます‥‥」
「陽子!」
マゼランがあたしの腕を痛いほど掴んで、揺さぶりました。
「何言ってんだ! あれは全部機械と人工細胞なんだぞ。君の身体‥‥自然が生み出したこの身体。君のお母さんが命と引き換えにしたこの身体、あっさり捨てる気か!」

「マゼラン‥‥。あたしが自然人の身体じゃなくなるの、いやなの?」
「そういう意味じゃない! そんなわけあるか、怒るぞ! お父さんや清子さんや大堂さんのこと考えろ! どう言うつもりだ? みんな悲しむ‥‥俺と一緒になるからって、あの人達を‥‥君をずっと大事に思ってくれてた人達を悲しませるわけにいかないだろう?」
「あたしが一緒に生きてくのあなたなのよ? パパ達じゃない。黙ってれば大丈夫よ。みんなマゼランのことも普通の人と同じだと思ってるもの」
「だからって!」

「聞いて、マゼラン。あたし、青と緑の人の時も、白い人の時も‥‥これでもう死んじゃうんだって、何度も思ったんだよ。それでもここに来たんだよ」
「‥‥‥‥陽子っ」
「いきなり言われたからびっくりしたし‥‥ちょっと怖いけど‥‥でも、怪我してもすぐ治って、マゼランに心配かけないで済むなら、そのほうがいい。マゼランともっと長く一緒に居られるなら、その方がいいよ」
「でも!」
「マゼランはあたしと関わって自由人になって、いいこともあったけど辛くなったこともあった。あたしがあの身体になるのも同じよ。いいこともあれば辛いこともあると思う。でもそれが道理でしょ? それに身体のことなんかどうでもいいぐらい覚悟しなきゃいけないことがあったんだって、わかったもの」
「え‥‥?」

「マゼランがスタージャッジとして、厳しい決断をしなきゃいけないことがあっても、あたしはそれに付いていく。さっきパパの例を出したけど‥‥。あたしは地球人だから時にはマゼランよりもっと悲しくなるかもしれなくて、それでもあなたと一緒に生きていく。それって身体のことより、怖いことじゃない?」
「‥‥それは‥‥」

「それにこれ、あたしが選ぶことで、マゼランが決めることじゃないでしょう? あなたに答えて欲しいのはこれ。あたしが作り物の身体になっても、ちゃんと好きでいてくれる?」
「‥‥もちろんだ。もちろんだよ! 当たり前だろ!」
「ありがとう。それなら大丈夫」

あたしはマゼランの手をどけて、不思議なカプセルの方に一歩進みました。
「いいです。ライプライト博士。どうすればいいんですか?」
ライプ博士が言います。
〈服を全部脱いで、翻訳ペンダントやマスクもとって、開いてるほうのカプセルに入ってください。入ったら目をしっかり閉じて、手と足を少し開いて身体から離して待っててくださいね〉

そのときは身体変えるんだから服を脱いで当然なんだと妙に納得してたのです。マゼランはその‥‥あたしの身体‥‥知ってますし‥‥お二人は地球人じゃないし‥‥。
で、まずペンダントとマスクを取りました。今日は酸素は大丈夫でマスクは使ってなかったんですけど、外したとたんに息が荒くなってきて‥‥。でもうっかり歯を合わせるとカチカチいうし‥‥。心臓の音が他の人に聞こえそう‥‥。両手を握って左胸を抑えて、それから胸のリボンをほどいて、スカートも‥‥アンダーウェアまで全部脱ぎました。

左手側のカプセルは回転ドアみたいに開いていて、上に浮き上がらないように注意して歩いて、床よりちょっと高くなってるカプセルの中に入りました。すると背中でしゅっと音がして、閉じ込められたのです。

狭い。息が苦しくなるみたい。次なんだっけ。そうだ。目をしっかり閉じて、両手と両足を少し開いて‥‥。そうしたらいきなり足の下が無くなって、悲鳴をあげそうになりましたが、ぽん、という音がしてカプセルの中が柔らかいパッキングみたいなもので埋まったんです。身体が動かないようにしてるの? ‥‥ちょっと‥‥怖い‥‥‥‥。

「陽子、終わったって! どういうことだいったい? 目を開けて、出ていいって!〉
いきなりマゼランの声が聞こえました。うそ。もう終わったの? あ、麻酔が覚めたとこ? ぜんぜんわからなかった。それに出ろって言われても、パッキングがぎゅうぎゅう詰めで‥‥。

わたわたしてたらパッキングごとカプセルの外に引っ張り出されました。
「陽子!」
あたしを支えてくれてるのはマゼラン。でもマゼランもわけのわからないって顔をしてます。え、やだ、マゼランがそんな顔になるほど姿が変わってる? でも‥あたし、入ったカプセルから出た‥‥だけ?

「陽子‥‥。見てごらん、君の姿‥‥‥!」
あたしをきちんと立たせて翻訳ペンダントをかけてくれながら、マゼランがそう言いました。見るとあたしの周り、ふわふわで真っ白で‥‥なんてきれいなパッキング材‥‥
「鏡、見てごらん」
そういって左側を示したマゼランはもう完全に微笑んでいます。大きな鏡の中‥‥真っ白なドレスを着たあたしが映ってました。上半身はサテンみたいに艶のある生地でレースとも羽ともつかないフリルがたくさん。ウエストは細く絞ってあるのに、スカートは透けるような生地が何重にもふわふわ膨らんでます。髪にも羽根のようなふわふわの飾り。ヴェールは無いんですが、肩から淡いシルバーブルーの艶のある布地が背中に長く伸びて、肩には赤い飾り。マゼランのマントと似たモチーフになっています。
「‥‥これ‥‥。ウェディング・ドレス‥‥?」

〈貴女の惑星ではパートナーと結ばれる時、白いドレスを着るんでしょう? 資料だけでデザインしたけど、良かったわ。よく似合ってる!〉
〈愛しい妻よ。お前の選択は常に正しい。なんとも素晴らしくも可愛らしいじゃないか!〉
離脱してしまったライト博士がテーブルの上で手を叩いています。

「あの‥‥。身体を変えるって‥‥いうのは‥‥」
〈ちょっと君の覚悟を試させてもらっただけじゃよ。まあ受けてくれるとは思ったが。あっちのは3次元アウターで出力して、ばれないように金属の欠片を入れたただの人形〉
〈博士!!〉
大声出したのはマゼランで、あたしはもう、言葉もありません。
〈驚かせてすみませんでしたね、ヨーコ。でもビメイダーと共に生きるなら、いつかこういう選択をすることもあるでしょう。この覚悟があると分かっているなら、万が一貴女の身体が酷い損傷を受けた場合、マゼランの選択肢も増えるということです〉


〈しかしだ。身体を変えるならもう少し成長してからのほうがいいと思うぞ、マゼラン〉
"ラスカル"ライト博士がマゼランにそう言います。
〈なぜですか? や、やはり、身体にかかる負担が大きいと‥‥〉
〈陽子の検査結果を見て、人形を作った時から気になっていたんじゃ。お前は気づいとらんのか?〉
〈いえ、何も‥‥。なんなんですか、いったい? 陽子に具合が悪いところがあるなら、すぐ教えてください!〉
マゼランの声が心配そうになってきて、こっちまでドキドキしてきました。あたし、今まで大きな病気とかしたことないんですけど‥‥。

「いや、服を着てるとわかりにくいんだが、さっき改めて見て、やはりヨーコの身体がな‥‥。お前やオーディが集めたデータによれば、あの惑星の女性というのは、胸や腰がこう、もう少し大きく、柔らかそうになるはずで‥‥‥‥いててててて!!〉
〈貴方っ! その発言は尊敬できません!!!〉
ライプ博士にまたまた耳を引っ張られた博士は‥‥もう知りません! どーせあたしはチビで胸がないですよっ!! 友達と比べて密かに気にしてたのに、宇宙の人まで言わなくたっていいじゃない! ママが細くて小さい人で、似ちゃったのよ、あたしのせいじゃないのよ〜〜〜(泣)

〈いや、妻よ! あくまで学術的な見解で、いやらしい意味では‥‥〉
〈そうは思えません!〉
まだ言い合いしてるライプライト博士を見てハアッと大きなため息をついたマゼランが、あたしに向かってごめん、という風に両手を合わせます。病気かと思ってた分、余計恥ずかしくて、顔が真っ赤になってるの自分でもわかりましたから、俯いて手で顔を覆ってしまいました。

と、マゼランの腕が背中から回ってきて、耳元で声がしました。
「すごく、きれいだ‥‥」
「‥‥ほんと‥‥?」
好きって言われたことは沢山ありますけど、きれいって言われたの初めてで‥‥。
「なんか、変な気持ちだ。‥‥君の所有権を主張したい気分。理不尽だ。君は自然人なのに‥‥」
「そう言われるの、なんか嬉しい」
「そうなの?」
「あたしのこと、すごく大事ってことだよね?」
「ああ」


〈ほーら、大成功だ〉
落ち着いたライト博士の声がして、見たら博士、ちゃんと奥さんに捕まって、定位置です。もう、本当に困った博士達。
〈貴方達に会いたいという人が到着する頃です。そのまま行っていいですよ〉
〈会いたい人‥‥?〉
マゼランがそう聞き直したところで、信号音がしてライプ博士が何か押して応えました。
〈どうぞ〉

部屋に入ってきたのはアタカマさんでした。
〈お客人をロビーに通しました〉
〈こちらも終わりましたよ。案内してあげてくださいな。終わったらまたここで。あ、夕食はルチルも呼んで一緒にお祝いにしましょう。貴方の奥さんも来るんでしょう?〉
〈はい、マラカはヨーコにとても会いたがってますのでぜひ。じゃあマゼラン、ヨーコ、こっちだ〉

誰かしら? ルチルさん以外で知り合いになった人、居ないんですけど‥‥。まあ、いいか。また戻ってくるならバッグも置いてっちゃっていいかな。ドレスに似合わないもん。あとは‥‥
「あ! あたし、酸素マスク!」
〈ちゃんと学習してますね、ヨーコ〉
ライプ博士が笑います。
〈肩の飾りが酸素を放出してますよ。安心してください。今日は酸素が苦手な人には会わないでしょう〉

と、マゼランがライプライト博士の前に進み出ました。
〈色々と本当にありがとうございました。博士〉
〈いやいや、私も嬉しかったよ〉
〈たまにはヨーコを連れて帰ってきてください〉
〈はい〉
マゼランがちょっと眩しそうに、ライプライト博士を見上げます。
〈その‥‥僕は今まで、ボディその他の修復や何か教えていただいた時しか、博士にお礼を言ったことがありませんでした。でも‥‥自分の経験を認識しなおすのは、まだ不思議な感じですが‥‥博士やオーディが僕をずっと大事に思ってくれてたことを、今日、初めて理解して‥‥。それをとても嬉しく感じました。僕をこの世に生み出し、ずっと見守っていて下さったことに心から感謝しています〉

ライプ博士の顔がふっと崩れ、右下の手でマゼランの腕を掴んで引き上げて抱き寄せます。ライト博士も、ぽんぽんとマゼランの肩を叩いて言いました。
〈"生きて"いけ。思うままに〉
〈はい〉

なんだかあたしまで泣きそうでした。これを親子のような‥‥と言ったら、それは地球人の押しつけなんでしょう。この誇らしくも満ち足りた関係に行き着いたのは、覚醒した一人のビメイダーと、それを愛情を持って作りあげた人達である。それが正しい表現だと思います。



部屋を出てすぐ、あたし達を先導していたアタカマさんがくるっと振り返りました。
〈ヨーコ。君に先にお礼を言わなければ。昨日トラブル・ステーションに連れて行ってくれた子供は、私の三番目の妻マラカの子だった〉
「え! あ! さっき会いたいって仰ってたの、あの時のお母さん!」
〈その通り。息子のピアは君に遊んでもらったのが本当に楽しかったようで、"角の無いマミィ"にまた会いたいと言ってるくらいだ。心からお礼を申し上げる〉
「それはよかったです。可愛かったんですけど相手の仕方がよくわからなくて‥‥。でもすごい偶然ですね。びっくりしました」
〈申し訳ないが偶然ではない。ドクタールチルに相談された妻が、ピアを使って君を試したのだから〉
「え‥‥?」
〈審査の一つだ。机上の試験だけでは本質的なことなどわからない〉

「で、でも、お子さん、本気で泣いてましたよ? それにマラカさんにもなかなか連絡取れなくて‥‥」
〈ピアにしてみたら本当の迷子だったからね。あとステーションの担当官も了承の上。待たせた理由は二つ。ルチルがなるべく長引かせるようにと頼んだことと、君が異星の子供をあまりに的確に扱うので、観察していたマラカの学者魂に火がついてしまったため。彼女も心理学者なので〉

「じゃ、じゃあ、あたしが酸素不足になった時も‥‥」
〈妻がピアを引き取った後、ルチルが貴女をつけていた。だからすぐに救助できたのだ〉
アタカマさんが向きを変えて歩き出しましたが、あたしはもう力抜けちゃってます。しばらく博士達の部屋でふわふわしてたので身体が重いせいかな。いやこれ、絶対、重力のせいじゃないですよ‥‥。

〈ごめんよ、陽子。でも特別市民になれたの昨日の行動が大きかったらしいから、怒らないで‥‥〉
マゼランが慰めてくれます。
「そりゃ怒らないけど‥‥。危なくないように見ててくれたんだし‥‥。でも、宇宙は叡智に満ちてると思ってたけど‥‥キャンディッド・カメラにも満ちてるのね。あたし一生分ひっかかった気がする‥‥」
〈ん? 監視カメラか? もちろんたくさんあるよ。犯罪が未然に防げるし、検挙率も上がる〉
アタカマさんが歩きながらそう教えてくれます。あーあ、宇宙にはどっきりカメラみたいな悪質な悪戯はないのね。マゼランったらまた吹き出しそうになって、そっぽ向いてる‥‥。

〈しかし君は不思議な人だね。宇宙生活の最初の数日で、うちの子と偉大な博士の心を掴んだ上、237ストリートにファッションの流行まで作りそうな勢いだ。0079が変わったのも納得できる〉
「ありがとう‥‥ございます」
〈私はオーディにはずいぶん世話になっていて、彼にとって0079が大事な存在だと知っていたので、今回の認定に関われて、いい結果になって嬉しく思っている。ただ‥‥〉

アタカマさんが振り返ると、マゼランを見て言いました。
〈マゼラン。ヨーコを宇宙に連れていくときは、必ずサポートAIと的確な防御機構を持たせるように。小さい人種が泣いてる子供に見せかけたら半クロノスで誘拐できる。この人の素直さと善良さはビメイダー並みだが、危なっかしいところはピアにそっくりだ〉
マゼランが大きく頷きました。
〈それはよーくわかってます〉


2013/04/25

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