スタージャッジ 第4話
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翌日は筆記試験みたいなことしました。簡単な計算とか幾何とか知能検査みたいなの。やはり数学は万国、じゃない宇宙共通なんですね。計算は基本的に十進法が使われてるそうで一安心です。星間取引ではこれ以外に八進法、十二進法、二十進法もよく使われるそう。たとえばルチルさんは十二進法で育ってきたので、初めて十進法を知った時はなんて中途半端なのっ!?って思ったそうです。

あと宇宙のテレビを見ました! たいていの部屋が壁の一部がモニターになってて、そこでテレビも見られるようです。ものすごい3Dが見られるのでは‥‥とちょっと期待してたのですが、立体の捉え方は目の構造によって異なるので結局平面映像が無難なんだって。たとえば四つ目の人用の立体映像を二つ目で見るとちらちらしちゃうとか、そういうことがあるので。

内容はまずショートスケッチが色々入ってる番組。基本楽しかったですが、よくわからないのもありました。地球人タイプの役者さんが出てくる少し長いお話もあった。子供が怒られて家出しちゃうんですが、親はぜんぜん探さなくて‥‥ですね。でも子供はごく素直に立派な大人になるんですよ‥‥。う、うーん。地球人的に言わせてもらうと、オチがない? これ、ごく普通の成長ドラマなのかな‥‥。途中から、ぽかんとして見てた気がします。

ルチルさんとまた"街"にも行って、教えてもらいつつ、一人で買い物もしてみました。値札の字のところをなでると標準語でしゃべってくれるし、金額を示すお金の絵に切り替わる値札もある。こんな調子だから字が読めなくても意外と通じちゃうんです。小さい使い捨てみたいな値札がスマートフォンのディスプレイ並み。なんかイヤになっちゃいます。

地球人が食べて平気なお店も教えてもらって、その上可愛いブラウスとスカートのセットアップまで買ってもらっちゃいました! もちろん地球に持ち込んじゃだめですけど、マゼランの船に置かせてもらお! ブラウスがね、実は四本手の人用なんです。ディスプレイを見て、余った2本をリボンみたいに結んだら可愛いかもって言ったら、ルチルさんと店員さんが面白がっちゃって。それでやってみたらバッチリだったんです。なんか店員さんが感動して、この線で売ってみます!って言ってました。2本手の人と4本手の人でペアルックできますし。工場の節約にもなるかも。しかし、もしこれ流行っちゃったらすごいな‥‥。宇宙に流行を生み出した地球人第一号ですよー!



三日目は病院と実験室が混ざったような所で身体検査。地球でもこんな細かい検査を受けたことないので、かなり緊張しました。あとはマゼランに関するルチルさんの長い長いインタビュー。マゼランが見てたことはルチルさんも知ってるそうですが、マゼランが見てないこともありますし、あとよく聞かれたのが「どうしてそういう行動を選んだか?」ってこと。あんまり考えないで動いてたので、答えるのけっこう困りました。

ただ、白い人のことは‥‥、できたらあんまり思い出したくなかったな。装置のせいかもしれないけど、細かいことまでひどくリアルに頭に浮かんできたから‥‥。

その晩あたしは夢を見ました。マゼランが槍で刺されて動けなくなって、血まみれの彼の身体から必死で槍を抜こうとするのですが動きもしない。そこにあの白い人が現れてあたしの肩のあたりをぐっと掴むの。するとそこが火を点けられたように熱くなって、あたしは思わずマゼランの身体から手を離してしまうのです。そうすると白い人はあたしを突き飛ばし、マゼランの左腕を引きちぎります。あたしは泣き叫んで、やめてってお願いするのですが、あいつはまたマゼランの身体に手を伸ばして‥‥。

悲鳴を上げて飛び起きました。体中汗びっしょりになってました。部屋の明かりつけて、汗拭いて、不定形お布団(綿の塊みたいなもので、適当に身体をめり込ませて使います)を叩いて丸め直してから入ったのですが、さっきの続きを見そうで怖くて眠れません。
実はあの事件のあと、二回ぐらいこんな夢見たんですが、いつもマゼランが来てくれて、眠るまでそばにいてくれたの‥‥。声だけでも聞きたい。枕元のバレッタを手に取って少し悩みましたが、結局リボンを回してしまいました。

「陽子?」
「‥‥今‥‥少し話しても‥‥大丈夫?」
「もちろんだよ。もしかして、夢見たのかい?」
「うん‥‥。怖くて、眠れなくなっちゃって‥‥」
「移民局の記録、さっき見終わったんだ。君がまた怖い夢を見るんじゃ無いかって心配になってたとこだった」

心の中にふわっと温かさが生まれました。マゼランはあたしのことを"わかって"くれてる。あたしの感じた恐怖も悲しみも全部‥‥。あたしが経験したことを"知ってる"ってことと、"わかっててくれてる"ってことが、こんなに違うなんて‥‥。
「‥‥ありがと、マゼラン‥‥」
「安心して。この星は絶対安全だから。そっちに行こうか?」
「‥‥ううん‥‥。大丈夫。マゼランの声聞いたらほっとした」
「そういえばドクタールチルが君のことすごく褒めてたよ。価値観が柔軟で、なんでもすぐ受け入れて、すごくいいって」
「ほんと? 嬉しい。ルチルさん、すごく優しいの。お姉さんみたいなの」
「いい人で良かったね」

「マゼランの方は大丈夫なの? あの‥‥、あたしのことで、色々怒られたりしてない?」
マゼランが笑い出しました。
「そんなことないよ。博士には面白い子を見つけてきたって褒められた。早く君と会いたいって」
「え! そんなこと言われたら、緊張しちゃうよ。マゼランもやっぱり試験みたいなの受けてるの?」
「実を言うと‥‥やっと今日オーバーホールが終わったとこで、肝心な話は進んでない気がする」
「オーバーホール?」
「身体から電子頭脳から徹底的に博士に見てもらって、悪いとこ全部治したんだ。だから今、絶好調だよ。アーマーなくても空飛べそう」
「すごーい! 良かったぁ!」

さっきまであんなに怖かったのが嘘みたい。

マゼランの声が好き。クリアにはっきりと、でも心地よく穏やかで、あの厚い胸で広がって響いてくるようなこの声が大好き。ビー玉が転がるみたいな笑みが混じったり、遠くから空気をコントロールしてあたしを包んでるみたいに優しく慰めてくれたりするの。モバイルやバレッタの向うでどんな顔してるか、手にとるようにわかる。言葉と言葉の余白にすら、あたしのこと考えてくれてるって思えるから。

こんな人は全宇宙に一人だけ。
マゼランだけ。



四日目は検査はありませんでした。ルチルさんが急な用事が出来たから、今日は一人で街で遊んできていいわよって言われたんです。モバイルで連絡とる方法を教えてくれました。アメリカで使ってたスマートフォンと同じでナビもついてるので困ったら部屋まで案内してくれます。お金も少し頂いてしまって‥‥(汗)。

さすがに部屋を出る時はちょっと勇気が要りましたが、でも早く慣れたい気持ちもあって、なんどもモバイルの使い方を確認してから外に出てみました。
まずは一昨日教えてもらったカフェでブランチ。一人で食事できた自分に感動。この街のお店の人達、すごく親切なんですよね。日本人もほんとに親切だと思いますけどそれと同じ。あたしは見慣れない姿の人間なわけで、それを態度に出さずに親切にしてくれるのって有り難いです。

それから一人で色々と歩き回ってみました。空の上が役所の塊ですから、街を歩いている人達は、みんなてきぱき歩いていて、どんな姿の人でもなんとなくカッコよく見えます。夏休みにパパの会社に行った時のこと思い出しました。
"街"にある建物はほぼお店ときどきホテルです。観光地じゃないですから、お土産屋さんとかはありません。まあ多くは飲食店や食材のお店ですね。多種多様な人がいて、その人達が何か食べなきゃいけないんですから当然です。食材を売ってるお店に入ってみたのですが、野菜やフルーツ(と思われる)はいいとして、お肉関係は、その‥‥。少々怖いものも売ってましたので、早めに退散しました。
それから、どう見てもアイスクリームに見えるものがあって‥‥食べてみたかったのですが我慢しました。地球人が食べたら酔っぱらう材料かもしれませんもの。ラバードさんの六本足君みたいにこんなとこで寝ちゃったら困る。

ラバードさん、どうしてるかな。怪我、ちゃんと治ったのかな。
マゼランが教えてくれたのですが、ラバードさんも自由人のビメイダーだったんだそうです。恋人がいて‥‥ずっとずっと昔に亡くなったって‥‥。

友達ならお前がなれ。道が開けるかどうかはお前にかかってる。愛してるなら、勇気を持て。

バレッタからマゼランの苦しそうな叫び声が聞こえてきた時、行こうと決心したのはラバードさんに言われた言葉のおかげもありました。結局あたしはうまく逃げられずにマゼランに迷惑をかけたのですが、あたしの代わりにもっと多くの人に被害が出た可能性が高かったと言われて、ちょっとだけ気が休まったものです。
今回、マゼランが自由人になれたのもラバードさんが何か言ってくれたかららしく、あたしはラバードさんにとても感謝してます。地球に戻ったらまた会えるかな。そうしたらお礼言わなきゃ。
あれ? でも会える時ってラバードさんが悪さをした時‥‥? そ、それは困る‥‥(汗)

公園みたいなところにも行ってみました。噴水あるんですよ、噴水! 肉体を保つ養分を運ぶのに水が便利なのは宇宙でも同じってマゼラン言ってましたから、水を見ると安らぐ感覚は共通なのかな。なんか嬉しい。
花壇もあるんですけど‥‥。でも、あの日当たりのいいベンチの上にいる二つの植物‥‥は、あれ、お話してませんか??? だめだ。あの植木も植木なのかだんだん自信無くなってきました。ちゃんとわかるまではうかつに花摘みもできません。誰かの頭だったら大変です。

なんだか人が増えてきました。休み時間? いろいろな人がいて本当に楽しい! 何が楽しいって、全然違う形の人が連れだって歩いてるのが素敵! 熊さんタイプと鳥さんタイプとか、トカゲさんタイプの尻尾と手を繋いでる地球人タイプの二人組も! なんだかディズニーの映画を見てる気分で、ほっぺたつねりたくなります。
ごくたまにですが、親子連れに見える人達もいます。子供は親より小さいし、どの世界でも動きが危なっかしいんですね。うんうん、これも地球と似てる似てる。

そんなこと考えてたら、パパのこと思い出してしまいました。ここに来る前、パパには電話して、また別の離島に行くって嘘つきました。でもいつまでもこうして嘘をつき続けるのは無理。‥‥パパの記憶を一度消してもらって、普通の人としてマゼランを紹介する‥‥? それが一番現実味がありそう‥‥。

ごめんね、パパ‥‥。
ほんとにごめんなさい。でも、あたしにとって、マゼランはとても大事な人なの‥‥。パパにはママがいるから、今もきっとパパのそばにいるから、許してね‥‥‥。

少し考え込んでたら、いきなりわんわん泣いている子供が抱き付いてきて驚きました。かなり地球人に似てる子供だったのですが目が4つ。あと小さな角が2本、髪の中からちょこんと出ています。神話のパーンみたい。あ、この子、マゼランのこと連れてった‥‥アタカマさんと似た形!

でも困ったことに「どうしたの?」っていくら聞いても、子供のほうが標準語が使えないものですから、意志疎通ができないんです。回りの人が手助けにきてくれたのですが(おかげで、やっぱり"泣いて"たんだってこともわかりました)、あたしから離れると大泣きするんですよ(汗)。地球人タイプの人がいなかったから、きっと怖かったんだと思う。
仕方ないので一緒に交番に行って結局ずっと遊んであげることになりました。間が悪いことにお巡りさんまでトカゲさんタイプだったから‥‥。お巡りさんには名前と出身地を聞かれまして、ルチルさんに電話して説明してもらいました。

だいぶしてからようやくお母さん(たぶん)が来てくれたときは、ほんとにほっとしました。ベビーシッターやお守りのバイトはあたしの得意技だし、実際可愛い子だとも思ったんですけど、地球の子と同じに付き合っていいのか(まあ同じようにするしかないけど)、おっかなびっくりだったので。でもお母さんがすごく喜んでくれたのは嬉しかったです。

で、問題はそのあと起こりました。お巡りさんが送りますと言ってくれたのですが、あたし、一人でお食事買って帰るつもりだったので、いいです、って断ったんですよ。せっかくのチャンスだから、色々やってみたかったんです。ルチルさんに教えてもらったもう一つのお店、少し遠回りだったけどそこまで行って、緊張しながらお買い物して、これで今日のチャレンジは全部終わり!と思ったら、そこでいきなり気分が悪くなってることに気づきました。

酸素マスクの酸素が切れてたんです。子供と遊んでた時もずっと使ってたから‥‥。気が張ってたみたいで、逆に気づかなかった‥‥。一昨日とか無くて大丈夫な時もあったから予備のパック持って出なかったの。荷物になるわけじゃないんだから持ってくれば良かった‥‥。
でも、酸素が薄いだけで無いわけじゃないんだから、なんとか行けるだろうとそのまま部屋に向かいました。エレベータに乗ったあたりから周囲がぐるぐるとぼやけてきて、部屋まであともう少しというところで、あとの記憶が‥‥‥‥。

気づいたらソファに寝かされていて、そばにルチルさんがいました。
〈ヨーコ。酸素パックの予備、持って行かなかったのね〉
ルチルさんの顔は優しかったけど、声には厳しい感じがありました。
〈適した気圧と呼吸。この二つが保持できなかったら人はすぐに死ぬの。それを絶対に忘れちゃだめ〉
「‥‥はい‥‥」
〈貴女の今日の行動は良き市民として悪くないものだったけど、小さな想定外がいきなり命に関わることもある。トラブル・ステーションで事情を話して帰るか、パックを買いに行くべきだった。最悪、具合が悪くなった時点で助けを求めるべきだったわね〉
「‥‥ごめん‥‥なさい‥‥」

ちゃんと準備しないで山に行って、状況の把握もせずに高いところに登ってしまったと同じです。こんなことで死んじゃってたら、マゼランがどれだけ悲しむでしょう。あ‥‥。まさかこれで、試験落ちちゃたら‥‥?
「あ、あの、ルチルさん。あたし‥‥」

ルチルさんがあたしの頬を撫でてふっと笑い、きれいなブレスレットを差し出しました。
〈おめでとう、ヨーコ。貴女は立派に連合の市民として承認されたわ。これが身分証明書。そしてもう一つ。0079の検査と手続きも全部終わったそうよ。明日はライプライト博士のところに行きましょう〉



翌日。
朝からちょっとドキドキしてます。昨夜頂いたブレスレットは左手首にはめています。ルチルさんに買ってもらった例の四本手の服を着て、リボンに結んだ袖をなんどもチェック。ライプライト博士がこの服を着たあたしが見たいって仰ったんですって。そんなこと言われたらなんだか緊張しちゃう。
そのうちルチルさんが来てくれて、モノレール?みたいな乗り物に少し乗って、別のビルに行きました。受付でルチルさんが説明してくれて、あと、ブレスレットの身分証を初めて使います。それで小さな個室に案内されて、ルチルさんと座って待つことになりました。

その個室には不思議なインテリアがありました。円筒形のガラスケースなんですが、中心のあたりで何色かの光の粒が増えたり減ったりしながらぱたぱたといろんな形になって動いていくんです。粒は小さくて、それがまずレゴみたいに色んな形のブロックになって、それが遠目に見ると何かに見える‥‥んだけど、すぐまた形が変わってく。

「‥‥ライフゲームみたい‥‥」
〈生命ゲーム? なあに、それ?〉
「地球にある二次元のシミュレーションで先生が見せてくれたことがあるんです。マス目の一部を塗って、あるルールで動かしていくといろんな形になって、初期値によって増えたり無くなっちゃったりするの。見てると面白いんですよ」
〈あら、同じようなのあるのね。これは見たまま粒子挙動シミュレーションって言うんだけど、粒の色が叡智の度合いを表してて、ルール+叡智の配合で動きが変わるの。ベースになってる粒子挙動論は生命の発生や進化はもとより社会学や経済学にも応用できるわ。でも生命ゲームって面白い言い方ね〉

「なんのために置いてあるんですか?」
〈ビメイダーの人工知能は粒子挙動がベースになってるから。だから一人として同じビメイダーは居ないのよ。まさに人工生命。だからこれはビメイダー局のシンボルなの〉
数学や物理が共通なのは当然でしょうけど、こういうのも同じなんですね。なんとなく嬉しい。そのうえ色がついてて三次元だからすごくきれいです。マゼランの博士達はこういうのを研究してる方なんだ‥‥。

「ねえ、ルチルさん、ライプライト博士ってどんな方ですか? あたし、気に入ってもらえるかしら‥‥」
〈ライト博士は冗談が大好きで突拍子もないまさに天才的な発想をする人。ライプ博士はとにかく優しくて緻密で原則に忠実。ただ二人とも、なにげに好き嫌いが強いかしら。嫌われるとなかなか会ってもらえないのよね〉
「えっ!? ど、どうしよう‥‥」

〈ヨーコ。この面談は儀式みたいなもので、今日の結果で認定が取り消されたりはしないわ。今後、貴女が博士と会うことはないかもしれない。なのに気に入ってもらえるか、なんて面白いこと気にするのね〉
「だってマゼランのパパとママみたいな人だし‥‥。博士がマゼランのことを思い出す時、あたしのことも思い出してイヤな気分になったら、マゼランが可哀想じゃないですか」
ミナゾウおじいちゃんが月子ママのこと思い出すたびに、パパのこと怒ってたみたいに‥‥。両方地球に居れば、パパのようにいつか分かってもらえるかもしれないけど、こんなに遠くちゃ‥‥。マゼラン、百年に一回ぐらいしか帰らないとか言ってたし‥‥(汗)

ルチルさんが呆れたように笑ってます。
〈貴女の発想には参るわ。問題ない‥‥というか、たぶん"ラスカル"博士は、貴女をすごく気に入りそうよ〉
「ラスカル? 誰ですか、それ?」
〈うーん、ごめんなさい。会えばわかるわ〉
いったい誰? 息子さんもセットなの? なんかもう得体が知れない‥‥。

と、しゅっと音がしてドアが開いて‥‥そこに立ってた人を見て‥‥いや、もちろんマゼランが立ってたんですけど、あたし、固まってしまいました。
〈お待たせしました、ドクタールチル〉
濃紺のボディスーツにブーツ。マントみたいな丈の長い上着はもっと明るいブルーで、それを前を開けたまま羽織るように着てます。
〈陽子が大変お世話になって、ありがとうございました〉

〈いえいえ、こちらも楽しかったわ。それよりおめでとう、0079‥‥じゃなくて、マゼラン、だったわね?〉
マントの大きめの白い襟が目に鮮やか。肩から上腕と胸のあたりは赤い別パーツがついてて‥‥変身した時のマントにちょっと似てるけど、もっと柔らかそう‥‥。
〈はい。まだピンときてませんが、ありがとうございます。で、陽子?〉
マゼラン、すごくかっこいいです。凜々しいっていうのかな。あ‥‥また心臓、早くなってきちゃった‥‥。

〈陽子、いったいどうしたんだ?〉
「‥‥あ、ご、ごめんなさい。服が‥‥。違う人みたいで‥‥」
〈今日だけは隊服着ろって、ヴォイスにえらく強く言われたんで、仕方なく〉
〈あら、普段着てないの? これだけでもかなりの防護力があるんでしょ?〉
〈船に居た頃は着てましたけど、地表に住むようになってから全く。もともと事件が少ないし、目立ちすぎますから。久しぶりに着るとけっこうジャマな代物ですね〉
「そんなことないよ! すごく素敵よ!」
思わず力説しちゃったら、マゼランがちょっと恥ずかしそうな顔になりました。
〈‥‥ありがと‥‥〉

〈はいはい。アナタイス出身者を照れさせるんだから大したものだわ。じゃあヨーコは確かにお返しするわよ。博士によろしくね〉
立ち上がったルチルさんに地球みたいにハグ。最初に会ったときハグされたから大丈夫よね。
「色々ありがとうございました、ルチルさん」
ルチルさんもぽんぽんとあたしの背中を撫でてハグし返してくれました。
〈わたしも楽しかったわよ、この数日。またあとで会いましょう〉


個室を出てルチルさんは出口へ、あたしはマゼランについて奥に進みました。通路を歩きながらマゼランの手に触れたら、マゼランがそっと握り返してくれました。
「陽子、ありがとう。こんなところまで来て、一人で頑張って移民局の審査を通ってくれて。これで合法的に君と一緒に居られる」
あたしは思わず吹き出しちゃいました。
「やだ、マゼラン。"合法的に"なんて、なんか悪巧みを考えてた人みたい」

「考えてたよ、色々」
「ええっ?」
「グランゲイザーで君に助けられて、本部と連絡をとるまでの間、ずっと考えてた。虚偽の報告をして、データを改ざんして、僕の分身を消して‥‥。何通りもの組み合わせから実現性の高いルートを選んだ。‥‥最悪、君を連れて宇宙を逃げ回る道だって考えてた」
マゼランが立ち止まってあたしを見下ろすと、そっと頬を撫でました。
「でも合法的な状況でいられるなら、そのほうがずっと君を幸せにできると思った。自由人って選択肢は思いつきもしなかったけど、それで君と一緒に居られるなら自由人もいい。君なら移民局の審査は通ると思ってたから」

あたしはまた胸が一杯になりました。この人が「君の記憶は消さない」と言った時、どれだけの覚悟をしてたのか、今初めてわかったから。
「ありがと‥‥マゼラン‥‥」
「礼を言うのは僕のほうだ。君のことさんざん危険な目に遭わせたあげく、いきなり宇宙に連れだした。ただ僕のためだけに、だ」
あたしはマゼランの腕に両手を絡めて、彼に寄りかかるようにして、歩き出しました。
「マゼランのためってことは、あたしのためってことなの。あたしに何ができてるのかよくわからないけど、マゼランが喜んでくれるなら、それでいい。それで幸せ」

2013/04/25

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