スタージャッジ 第3話
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マリスは俯いた。肩が震えだしたと思ったらいきなり仰向いて哄笑した。
「友達だって‥‥? 正気? こいつがどういう奴か知ってるの?」
「地球に来た悪い人を追い出すために、ずっと一人でがんばってくれてる人よ」
「"いい人"も追い出しちゃうんだよ? この星に役に立つことを教えに来た連中だって追い出すんだよ、こいつら」
「やりたいことは自分でやんなきゃいけないからよ。地球人が自分で考えなきゃ。それに悪い人がいい人のふりして来ることだって、いっぱいあるもの!」

「スタージャッジはね、星の住人のことなんかこれっぽっちも考えてないよ。よそから入ってくる奴を追っ払うためなら、住人なんか多少死んだっていいと思ってるんだ」
「そんなことない! そりゃあ誰かが死んじゃったこともあるかもしれないよ。でもそのたびに、マゼランは苦しかったんだよ。それでも一人でお仕事しなきゃいけなくて‥‥。なのにそんなひどいこと言わないでよっ」
陽子は頬を紅潮させ、少し涙ぐんだ瞳でマリスを見据えている。スタージャッジがどういうものか殆ど知らないのに、陽子は戸惑いもせずに僕を擁護しようとしていた。僕は英語と標準語の激しいやりとりを、ただ唖然と聞いている。

過去、僕の作戦行動の巻き添えで死んだ人や動物は確かにいる。もちろん好んでそうしたわけじゃない。命令を守ることや、より大きな益を取るための取捨選択の結果、そうなった。その時感じたものが、陽子の言うような「苦しかった」ってことになるのか、正直僕にはよくわからない。

最初のころはただ言われた通りに任務をこなしていただけだ。そのうち何者かの命が失われるようなトラブルがあると、身体が軋んで、膨大なデータを放り込まれたような重さが頭の中に生ずるようになった。もちろんそれはすぐに元に戻り、あとに引くことはない。そういったことを誰かに聞いて欲しいとも思ったが、それは報告すべき"事実"とも違う気がして、だからそれらのことは、ただ取り出したくない記憶として僕の中に蓄積されている。

でも今は違う。誰かが死んだら、きっと僕は苦しい。命を止められた個体が体験する苦しみも、それを愛する者に生ずる苦しみも、今の僕には予想できる。それは、もし陽子を失ったら‥‥と仮定すれば、簡単に解ることだ。

「お姉ちゃん、もしかしてこいつに洗脳でもされた?」
「マゼランがそんなことする訳ないでしょ?」
「じゃあ、本当にお姉ちゃんの意志でこいつと付き合ってるってワケ?」
「そうよ。あたしはマゼランの友達になったの」
「そう‥‥。お姉ちゃん、その言葉の意味、わかってる?」
「え?」
マリスが薄い唇の両端をにやりと吊り上げた。
「この島を沈めるより、お姉ちゃんを殺した方がボクの目的には合うってことだ」

息を呑んで身体を硬くした陽子を背中に回して、僕はマリスを睨み付けた。
「そんなこと、させると思うか」
奴はせせら笑った。
「ほーら、正解。その子が死んだら、キミがどんな顔するか、楽しみだよ」

「どうして?」
陽子が僕の腕を押さえて言った。
「どうしてそんなにマゼランが憎いの? あなた、今日初めてマゼランと会ったんでしょう? なのに、おかしいよ。そんなの、何か、おかしいよ」

マリスは僕らに向き直り、両腕を広げた。
「いいかい、お姉ちゃん。今この星でも、この星の医学じゃ治らない病気の人がいるだろ? でもそれ、他の星の進んだ科学が入ってくればあっさり治せるかもしれないんだ。でもこいつが‥‥スタージャッジがいるから、絶対そうはならない」
「それは‥‥そうかもしれないけど‥‥」

「ボクはね、生まれつきの病気だった。身体のあちこちがだんだんに動かなくなってく病気。すごく怖かった。でもどんどん病気は進んでいって、このまま行ったら心臓も止まっちゃうって分かったとき、パパとママはボクを冷凍睡眠させて未来で治してもらおうと考えたんだ。時期が来て目覚めた時、ボクのいた星ではまだボクを治せなかった。ただその時はすでに他の星に行くことが可能になっていて、ボクは技術の進んだ星に行き、こんなふうに治してもらったんだ」

陽子は目を丸くしてマリスの言葉を聞いている。
「そこでボクは知った。その星ではそんな治療法はとうの昔に開発されていたこと。未開の星にはスタージャッジという番人が来て、他の星の技術が入ってこないようにしてることを‥‥。ボクはわかったんだ。ボクの星のスタージャッジが、ボクをパパとママから引き離した。大好きだったお姉ちゃんとも‥‥。全部スタージャッジのせいだ。全部そいつらが悪いんだ!」

マリスが僕に対して激しい憎しみを持ってることを、僕は認識した。それは過去会った犯罪者や違反者達の敵意とは異なるものだった。それ故に、こいつの言葉は真実なんだろうとも思えた。
未接触惑星保護制度の負の部分を僕らスタージャッジは知ってるつもりだ。それでも"被害者"当人からその事実を突きつけられるなんて推測外だ。僕に言えるのは、ただ一般論でしかなかった。

「マリス。あんたの事象は不幸な出来事だったとは思う。だが、未接触惑星保護法が無かった時代、多くの未開惑星が不当に搾取されたのは事実だ。大量の住民が殺されたり奴隷にされたりもした。心ない侵入者のために本来あるべき進化から何万サイクルも遅れ、時には滅亡してしまった星もあったんだ。だから未接触惑星保護省は‥‥」

「そんなこと知るか!」
マリスが喚いた。
「ボクが知ってるのは、スタージャッジのせいで、ボクが一人ぼっちになったってことだけだ! ボクはお前達に復讐しようと思って、いろんな星を回って準備した。ビメイダーやスタージャッジが悪い奴だって知ってる友達とも出会って、助けたり助けてもらったりして、どんどん強く賢くなった。自分が生まれた星がどこかもわからなくなったけど、もういい。ボクはボクと、それぞれの星で困ってる人のために、お前を殺す。破壊されつくしたお前の身体、そして今回だけは特別だよ。苦しみ抜いたお前の記憶も一緒にして、スタージャッジの本部に送ってやる。自分達がどれだけ悪いことしてるのか、思い知らせてやるんだ! 最初がその子だよ。大事な人を失う気持ちを教えてやるよ、この作り物の、機械人形!」

「‥‥いいかげんにしなさいよ。今のあなたがマゼランより正しいなんて、言わせないわ」
低くて今まで聞いたことがないような陽子の声音に驚いた。陽子は射るような眼差しでマリスを見つめていた。
「マゼランと同じお仕事してた人はあなたやあなたのパパ達を殺そうとしたわけじゃない。もっと悪いことが起こらないようにお仕事してただけ。なのにあなたは自分のためだけにたくさんの人を傷つけたり殺したりしたのよ。マゼランは自分のために誰かを傷つけたことなんて絶対ないわ!」

陽子は手をあげてマリスを指さした。
「あなたは間違ってる。あなたのパパとママが‥‥お姉さんもかわいそうだ!‥‥‥みんなあなたに会えなくなるの、とっても悲しかったと思う。でも未来で元気になって欲しくてそういう道を選んだのに、なのに今こうして生きてるあなたがこんなことしてるなんて!」

「黙れよ」
マリスがとん、と踏み込んできた。慌てて陽子を抱えて跳び退る。
「もしお姉ちゃんが治らない病気だったとしたらどうなのさ? そいつさえ居なかったら、お姉ちゃんは治ったかもしれないのに。それでもそんなことが言える?」
「言えるよ。あたしはマゼランを信じてる。信じていいって"知ってる"の。だから怖くても、我慢するよ」
さらりと言ってのけた陽子の横顔はその場しのぎも策略めいたものもない。なんの根拠もないのに、確固たる確信を持ってる。なぜか僕にはそれが"解る"。そしてその"確信"は僕の中に染みこんで、僕の中にずっと前からあった疑問を探り当て、それを解きほぐし始めた。

「お姉ちゃんがどれだけ弁護したってムダだよ。そいつは自分が悪いってわかってるんだから。自分達が正義だなんて、言えるわけない。そうだろ?」
「まあ、正義と思って‥‥やってた訳じゃないからな‥‥」
陽子が目を見開いて僕を見上げた。僕はマリスを見つめたままだ。
「スタージャッジは未接触惑星保護法を遵守する。それが正義かどうかなど考えたことはない。そのせいであんたは大事な人を失って、それがスタージャッジのせいと言うなら、その通りだ。謝れと言うなら謝る。‥‥だけど‥‥」

僕は陽子の髪に手を滑らせその肩を抱き直した。ありがとう、陽子。君が信じてくれる僕を‥‥僕は信じるよ。
「星の住人達が何も知らないうちに不利な立場に追い込まれないように。試練に対して打ち勝つ力を自ら育むように。そして真に己の知恵と勇気で、星の外に踏み出せるように‥‥。この法律を作った人達は、心からそう願っていた。僕らが法を守るのは、彼らの思いを受け継いでるからだ。今、わかったよ。彼らの願いが、ずっと僕の願いでもあったんだ」

僕を構成する全てがひどくクリアだ。過去の記憶と経験が、意識の表層に怒濤のように浮かびあがってきては、次々にぱちりぱちりと統合していく。不思議な感じがした。
「マリス。結論は同じだ。自分の復讐のために多くの人を殺し、僕の仲間を殺しているお前を逮捕する。抵抗するなら、お前を倒す」
「面白い。やってみろよ。フォス!」

空からきらきらと物騒な雪が舞った。宙で実体化したマントがそれを受け止める。バチバチという光と音の中、マリスの視界から逃れた一瞬、僕と陽子の唇が触れあった。

「大丈夫だ」
「だいじょうぶよ」
僕らは同時にそう言い、少し笑った。

緊急形態になった僕は陽子を抱いて飛び上がる。さっきから近くで待機していたフリッターがその先にいた。僕は陽子をフリッターに乗せた。
「ゲイザーに到着したら、そのまま待ってて!」

フリッターはぐんと上昇し、僕は森の中に逃げ込む。少し遅れてマリスが追ってきた。
「それで、あの子を逃がしたつもり?」
「お前と僕のことに、陽子は関係無い」
「大ありさ。ボクはどうしたってあの子を手に入れるよ。フォス!」

僕は舌打ちして木々の梢から飛び出し空を振り仰いだ。フリッターの位置はすでに高度二十キロメートル。そこに例の女型ロボットが急送に接近していく。もちろん見えてるわけじゃない。フリッターのセンサーがグランゲイザー経由で送られてくるだけだ。

「フォス! 殺さないように、うまく引っ張り出せよ」
マリスが聞こえよがしにそう言いながら、にやにやとして僕を見ていた。

フリッターにロボットがとりついた瞬間、僕は呟く。
「ヴァニッシュ」
一瞬のまばゆい閃光‥‥‥‥‥‥

「‥‥フォス‥‥?」
マリスの笑いが凍り付いた。こいつにとっては大切な存在であったに違いない、ジーナスの母なるロボット‥‥。それを僕は、今、フリッター共々消滅させた。

「‥‥き、さま‥‥、スタージャッジ! 貴様、あの娘と一緒に、フォスをっ!?」
「ああ」
「バカなっ バカな‥‥バカなっ! なぜだ! なぜ!?」
「お前があのロボットに陽子を追わせるのはわかってた。あれを地表で狙うのは、リスクが高過ぎたのさ」

「あの娘を囮にしたのか!? 一緒に殺したのかっ!」
「僕にとれる最善の手を取っただけだ」
「違うっ 貴様はそんなスタージャッジじゃない! そんなことのできるスタージャッジじゃない! そんなスタージャッジのはずがない!」
「お前の見立て違いだ」

マリスは訳の分からない叫び声を上げ、ソードをめちゃくちゃに振り回しながら、地表に降りた僕に向かってきた。子供じみた未熟きわまりない動きだ。左腕のプロテクターで刃を受けたが今度はダメージもなく跳ね返す。アーマーのコントロールがさっきとまったく違ってる。右腕プロテクターで奴のゴーグルを殴ったらゴーグルがぱりん、と割れた。喚きながら半回転してこちらを向いた奴の左手先が、ぶわっとぶれた。左腕に仕込んであるらしい武器だ。自分のアーマーもろとも僕のアーマーを抉る。構わずマリスの頭部を横殴りし、掴み取っていた奴のソードで奴の左前腕を叩き切った。

マリスが悲鳴を上げて、まろび逃げようとした。その頭上からネットが降ってくる。そして二人の人物も。もう連絡は受けてる。秩序維持省の連中だ。母艦を圏外に置いて、小型ステルス機で駆けつけてくれたってわけだ。

マリスががくりと崩れた。維持省が使うキャストネットは電子機器を不能にする電磁ネットの一種。アーマーは自立してくれなくなったら重しを着てるに等しい。
多環境戦闘防護服に身を包んだ二人の隊員は彼の武装を解かせ、生身となった彼を拘束してネットでくるみ直した。顔を再度確認する。話しかけてもマリスは何も答えない。その顔からは完全に表情が消えていた。糸が切れた操り人形のようにされるがままになっている。

極端なマリスの変化に僕は戸惑っている。今のマリスには、何かを企んでいるような様子が一切感じられない。というか、意志そのものが消えてしまったようだ。陽子を囮にフォスを破壊したことが、そこまでショックだったのか。

二人のうちの一人がこっちに踏み出した。
「スタージャッジ0079。秩序維持省広域特殊犯罪課所属 認識番号13045だ。チェック・ディジットはA5P47G9。協力に感謝する」
ヴォイスの言ったナンバーと一致。僕はエマージェンシーモードを解除した。そのとたん忘れてた痛みが左肩から流れ込んできて、僕はあやうく座り込みそうになった。
「おい。やられてるのか? 大丈夫か?」
「ええ‥‥なんとか‥‥。それよりそいつを早く‥‥」

「きゃっ」
小さな悲鳴にぎょっとして振り返った。
「生命体デス。オソラクコノ星ノにんげんデス」
サポート・アンドロイドが何体か周囲に降りている。その中で森の中に踏み込んだ一人が、物陰に向かって腕を伸ばしていた。

「大丈夫。警察の救護ロボットだよ。静かにしてれば何もしない」
急いで日本語で言う。陽子が腕を掴まれたまま、藪の中から出てきた。アンドロイドは彼女を腕で囲むようにして立ち止まった。逃がさないが保護もするって体勢だ。陽子は目をまん丸にしているが、僕に向かってわかったという風に頷いてくれた。

本当に余計なことをしてくれる。とはいえ彼らも未開惑星にできるだけ痕跡を残すまいとしているのだから、仕方がない。
「巻き込まれた住人は一人のようだな。処理は君に任せる」
「はい」

「スター‥‥ジャッジ」
マリスが僕の名を呼んだ。僕はマリスの顔を見たくなかった。そうだ。僕は陽子をフリッターに乗せなかった。彼女をマントで覆って飛び降り、そのまま森の中に隠した。隙を見て逃げるように言ったんだが、また僕を心配したのかもしれない。
「スタージャッジ!」
どうしようもなく目を向けると、マリスがにーっと笑っていた。青白い氷のような瞳。まるでスイッチでも入れたみたいに、彼の"意志"が目覚めている。僕は意味もなく不安になった。

黒いアーマーは地面に転がっている。マリス自身は頑丈な拘束ベルトとキャストネットで包まれてる。特殊犯罪課の腕利きが二人いる。どう考えても、こいつはもう世の中には出て来られないだろう。もういい。もうごめんだ。僕は陽子を連れてさっさと退散しよう。

僕はマリスから視線を引きはがし、維持省の隊員に言った。
「経緯はあとで全部送信します。頼むからそいつを早くこの星から退去させて下さい。そいつの存在によってこの星の住人の生命が危険に晒されています」
「わ‥‥」

ヒューッという甲高い音が響いた。転がった黒いアーマーを中心に光と熱が広がって、マリスと二人の隊員を包んだ。頭脳の奥まで焼き尽くしそうな白さの中で、一人立っていたマリスが、ぱくりと割れたように思った。強烈なエネルギーの余波で、センサーがほとんど役に立たない。とにかく陽子に向き直った。

「遅いよ」

地面に崩れたアンドロイド。
驚愕と恐怖で声も出ない陽子。
骨張った長い指で陽子の喉をわし掴みにし、その身体に腕を回している、モノ。
「動く、な。殺す、のは簡単だよ」

「‥‥マリス‥‥なのか‥‥?」
深海生物のような青白い素肌。手術跡のような引き攣れや、赤や黒の隆起が身体に何本もまとわりついている。細い脚と腕。その左手の先が、無い。
「ドク、ター以外で、本当のボク、を見たのは、君が初めてだよ」

マリスが何かをぷっと吐き出した。同時に陽子を突き飛ばす。陽子の頭上にリングが広がった。
「待てっ!」
伸ばした僕の手のすぐ先に壁が出来た。陽子が何か言おうとした瞬間、彼女を囲った円筒の内部がピカリと光った。大気の中に彼女を構成していた原子だけが散らばっている。

「もらったよ」
耳障りなノイズだらけの声。振り返ると、老人のようにも胎児のようにも見える顔が歪み、震え、しゃっしゃっという音をあげていた。

「‥‥どこだ‥‥。陽子をどこへやったっっ!」
がむしゃらに掴みかかろうとしたが、マリスはくんと後ろに飛び、今度は自分のための電送リングを投げ上げた。
「またね、スタージャッジ」
マリスが残したのは、ただその言葉だけ。

焼け焦げた大地と、無残な二つの隊員の身体とマリスの抜け殻と、もう動かないアンドロイドと、主を失って動けない何体かのアンドロイドと‥‥

それらに囲まれて僕は、ただ拳を地面に叩き付けていた。

全く不合理に、何かを喚きながら。


2009/2/28

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