スタージャッジ 第2話
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翌日はとってもいいお天気で、あたしはパパに誘われて砂浜に行ってみました。バカンスシーズンの海水浴場だから午前中の早い時間でも人がたくさん。あたし、海で泳ぐのは得意じゃないけど、海で遊ぶのは好きなんです。波とゆらゆらしてるのは面白いし、足の裏がくすぐったいような砂の感触も楽しいし。潮の匂いも好きだし、きれいな貝殻や石を探すのも。
その上、今着てるタンクトップビキニはお店で見た時声あげちゃったぐらいのお気に入りなの。肩のフリルが可愛くて、アンシンメトリーに左のウエストで結ぶ合わせもおしゃれだし。これをビーチで着られるだけでも気分晴れるかなと思ったけど、ぜんぜんだめ。昨夜のマゼランのことばかりが気になります。

マゼラン、2400年も一人ぼっちだったなんて‥‥。
それが普通みたいなこと言ってたけど、地球人の常識を押しつけちゃいけないのかもしれないけど‥‥でも、一人でいるときのマゼランが、あんなに寂しそうに見えるのは‥‥やっぱり寂しいからじゃないの?
もしマゼランがあたしと居るのきらいじゃないなら‥‥あたしが一緒にいたら‥‥だめなのかしら? ‥‥ああ、バカだわ、あたし。そういうこと以前に、マゼランがあたしのそばにいる理由がわからなきゃ‥‥。でもそれがわかったら‥‥魔法が解けて、マゼランがどっか行っちゃったりしない? あたし‥‥どうしたらいいのかしら?

少しだけ浅瀬でぱちゃぱちゃしたり、カニ見たりしながら、思考はぐるぐるしたままで、結局わりに早くパラソルに戻ったら、サングラスかけたパパが待ってました。パパはあたし以上にお日様に弱いんです。肌が本当に白いですから。で、パパのそばには小さなクーラーボックス。そうだ、おばあちゃんのスイカ!

「パパ、スイカ食べよ!」
「そうだな」
お昼までには帰ると言ったら、おばあちゃんがスイカだけ持たせてくれたのです。さすがおばあちゃん。暑い時のスイカほど美味しいものないよね。で、パパがクーラーボックスを開けた時でした。ザワザワと声が聞こえてきて、あたしとパパはパラソルから出て見ました。
堤防の上のあたり、電柱の二倍ぐらいの高さの空に光る卵形のものが二つ浮かんでるんです。UFOか、ラジコンじゃねえのとか、みんな色んなこと言ってますけど、マゼランが昨日の朝飛んで行った時に、あんなのに乗ってた気が‥‥。

あたしは思わずそっちに向かって走り出しました。光る卵も砂浜のほうに滑って来ます。それが二つともすっと地上に降りて来たと思ったらぼわんと光って卵のカラが消えました。
「な…に、あれ‥‥?」
「映画のロケじゃない?」
「デザイン悪っ」
そこに立ってたのは、大きい、あたしの二倍ぐらいありそうな人が二人。どうみても地球人じゃなくて宇宙人です。ゴツゴツした皮膚。片方は青っぽく、もう片方は緑。足は四本。まるで胴体の短いケンタウルスみたい。手は肩らしいところから二本、胸と背中から一本ずつ。

〈多少小さいだけでよくあるタイプに見えるな。売ってもたいした金にならんだろう〉
〈でもスタージャッジに壊された船の修復にはもう少しかかるんだろう? 何匹か採取してみようや〉
バレッタが言葉を拾いました。これ、もしかしてマゼランの敵!? そのうえ‥‥
「みんな、逃げて! この人達‥‥」

「きゃあああっ」
「うわあっ」
青い宇宙人の手がひゅんと伸びて若い男の人と女の人が捕まりました。あたりは大騒ぎになってみんな堤防の方に逃げて行きます。宇宙人は袋みたいなのにさらった人を詰め込んで背中にかつぎました。

「陽子っ!」
パパがあたしの手を引っ張ります。でもあたしは堤防の上の方に現れたもう一個の光に気を取られてました。お願い、早く、早く!

〈一応、幼生体もとってみるか〉
ヨウセイタイって‥‥? 青い宇宙人がちょっと手を上げた先に、座り込んだ三歳ぐらいの子が泣いてます。

あたしは走りました。でも子供を抱き上げたところで背中に何かが刺さり、悲鳴を上げてその子を放り出してしまいました。あたしの体に青い腕が回り、すごく乱暴に引っ張られた時は頭が‥‥梅酒の梅を食べ過ぎた時みたいにぼうっとなってきて。マゼランの変身した姿を見たように思いましたが、あとは何も‥‥‥‥。

 * * *

〈‥‥見つからないかな、兄貴?〉
〈これだけ深い海の底だ。それにこの船は自分の出すノイズは全てキャンセルできる〉
〈まああのいかれたスタージャッジ相手なら、来たってなんとでもなるか〉
〈確かにな。スタージャッジの管轄下に無防備で飛び込んだとわかった時はぞっとしたが、まさか担当以外の住人を助けに、わざわざ乗り込んでくるとは思わなかった〉

〈まったくだ。人質をとられて言いなりなるスタージャッジなんて聞いたこともないよな。まあオレは楽しませてもらったぜ、憎らしいスタージャッジをボコボコにしてやれたんだから〉
〈とはいえ油断するなよ、アトロス。あれはどう見てもエネルギーが切れかかってた。時間を稼いでただけなのかもしれん〉

最初は夢うつつでしたがマゼランの仕事上の名前を聞いて頭がはっきりしてきました。

あの二人、きっと昨日マゼランにひどいことをしたのです。それも人質をとって。なんて卑怯な人達なの。それで昨夜のマゼランはあんなに‥‥。別れる時は元気そうでしたが、ホントは怪我してたのかもしれません。エネルギーっていうのはマゼランが持ってるいろんな武器のエネルギーでしょうか。ガソリンを入れたり充電したりすればまた使えるのかな。

とにかくここ出なきゃ。この袋ってば、どうなってるの?

〈おい、動いているぞ〉
〈ああ、幼生体用に薬を少量にしたところに、ジャマに入ってきた奴だろう〉
そんな声がしていきなり袋ごと持ち上げられました。一部が開いて光と一緒に六本指の大きな手が入ってきます。あたしはできるだけ小さくなりましたが逃げられる訳もなく、左肩のあたりをぎゅっと捕まれて袋からひっぱり出されました。

「痛いっ、放してっ」
もがいたら二本の手で持ち直されて、あまり痛くはなくなりました。でも近づいてくるごつごつした顔には赤い三つの目と大きな口があって、あたしは心臓が止まりそうでした。

「放してよっ あなた達、あたし達をどうする気なの!」
〈言葉のような鳴き方だよ、兄貴〉
〈どっちにしろ翻訳不能だ。まあペットとしてはちょうどいい程度の知能だろ〉
〈ストリギーダ人みたいに標準語をしゃべられても、ちょっと売りにくいよな〉
〈あれは声帯を処置してしまおう。観賞用なら十分だ〉

宇宙人達が顔を向けた方をみると大きな鳥籠があり、中に大きな鳥‥‥じゃなくてたぶん別の宇宙人さんがいます。虹色の羽根をもったフクロウみたいに見えますけどすごくキレイ。このきれいなフクロウさんが人質だったんでしょうか?
改めてあたりを見回しました。大きな倉庫みたいな場所で、動物を入れる檻のような箱がいくつも積んであります。壁の上の方がぼーっと光っているので物は見えます。さっき、海の底とか言ってた気がしますが‥‥

〈それよりその胴体を覆ってるのは皮か? 衣類か?〉
そんな言葉にはっとしたら、あたしの胸元にとんがった爪があたりました。水着を引っかけて引っ張って―――
「や‥‥っ いやあっっ!」
お気に入りの水着がびりびりと破かれて‥‥。手も上げられないあたしは身体を丸めようとしましたが、今度は足首を捕まれて引っ張られました。

〈身体に傷はないようだな。衣類か。しかし騒がしい奴だ〉
〈シンプルな見た目だがまあまあじゃないか、兄貴? それにいい感触だぜ〉
青い奴が四本目の手であたしの身体を撫でたりつねったりします。泣きたくて、でも悔しい気持ちもあって、あたしはぎゅっと唇を噛んで声が出ないようにガマンしました。そしたら横から緑の手が伸びて来て、あたしのあごをぐっと持ち上げました。
〈涙か。しかし怒っているようでもある。表情が豊かで面白いな。意外と高く売れるかもしれんぞ〉

‥‥売るって‥‥あたしを? ‥‥そんなのやだ! やだ、怖いよ、助けて‥‥。


〈‥‥おい。船が‥‥揺れていないか?〉
〈海流が変わったんじゃないの?〉
二人の宇宙人があたりを見回しました。緑の方があたしから手を離し、ちょっと離れて床をどんと踏みます。床から円筒形の柱がにゅっと出て来てきました。緑の宇宙人が柱の表面を触ると丸い表面に何か模様が浮かびました。
〈浮上してる〉
〈なんでだ!?〉
〈自動修復で何かあったんだろう。とにかくその生物をパックに戻せ〉
青いのがあたしを持ち上げて袋に目をやった瞬間、目の前を何かがぎゅんと通過して、あたしは落下しました。でも床に落ちる寸前に抱きとめられて。またそっと床に降された時、初めて誰がいるのかわかりました。

「あ‥‥。マ‥‥」
「遅くなってごめんよ」
マゼランが上着を脱いであたしにかけてくれてます。涙だけぽろぽろとこぼれますが、声がうまく出ません。
「‥‥怖か‥‥た‥‥」
マゼランがちょっとだけあたしを抱き寄せて、肩をやさしく叩いてくれました。
「大丈夫だから」
少しほっとして、そしてやっと、ぎーっていう悲鳴みたいな声が響いていたのに気づきました。見ると青い宇宙人が手を二本切られてものすごく怒ってます。緑のが驚いたように叫びました。
〈スタージャッジ! なぜここが‥‥〉

あっと思った時、マゼランはもう白いグライダーにぶら下がって青い宇宙人の直前まで飛び込んでました。
「IDカノン!」
日本の鐘つきみたいに白い大砲を青い宇宙人の胴体にぶつけるように押しつけたマゼランがぐっと踏ん張ります。
「ファイアっ」

〈アトロスッ!!〉
ものすごい叫び声を残して、青い宇宙人の上半分がふっとびました。赤い血をまき散らして倒れた宇宙人の下半身は首から抉られた馬のようで、あたしは思わずぎゅっと目をつむり顔を背けてしまいました。
〈貴様! いきなりっ!〉
〈昨日言ったはずだ。プランドゥにアトロス。秩序維持省の特A級凶悪指名手配犯ポーチャー・コンビ。お前達には無条件デリートの指示が来ている。ここは未接触惑星だ。スタージャッジは秩序維持省の権限を持って処分を執行する!〉
既にあたしの脇まで戻っていたマゼランの顔はとても厳しく、凍ったように表情が無くて‥‥。いつも優しいマゼランとはまるで別人でした。
〈この‥‥!〉
〈未接触惑星含めあちこちの星から住民をさらい、ブラックマーケットで売りさばいたお前達を許さない! クラッディング!〉

マゼランがふわっと金色に光ったかと思うと、青い姿に変身しました。あ、厳密には戦闘服を着ているのであって、変身じゃないと言ってましたが。
まず目に飛び込んでくるのは明るいブルーのマント。大きな襟付で胸元とウエストで白い部品で留めてあるから、袖無しの長いコートのようにも見えます。大きな肩当ても鮮やかな赤でよく目立つ。頭部は真っ白なフルフェイスのヘルメットと銀のゴーグルが一体化したようなもので覆われ、その側面にも赤いラインが入っています。眉間の部分が少し高くなって光っていて、その突起から頭頂にかけて赤いマフラーみたいな布が長くなびいてる。昔の鎧の絵でみる羽根飾りのようでかっこいいのですが、これ、広がったり曲がったり動いているから、飾りじゃ無い可能性大です。
マントの中は濃紺のボディスーツを着ているようですが、脚とか腕とか殆どの部分が光沢のある白とブルーのカバーで覆われてます。すごく丈夫そう。そのうえ前腕の外側には小ぶりの盾みたいなものもついてて‥‥いや、頑丈はいいですけど、あの服、全部で何キロあるんでしょうか!!

マゼランの手に短い棒のようなものが握られています。伸びてきた緑の腕をかいくぐりざま、その短い棒を突き出すと、目が焼けそうなくらいの青白い光が一瞬だけ走り、緑の腕が途中までさくりと切れました。
〈くそ! やはり昨日はエネルギー不足だっただけか!〉
緑の宇宙人が落ちそうになったお腹側の腕を別の手で掴んで、怒鳴ります。
〈その通り。充分エネルギーのある今、お前達に勝ち目はない。大人しく降伏するなら即時デリートは勘弁してやる〉

緑の宇宙人はぶらんとした腕を自分でちぎりとり、放り投げました。血まみれでまだひくひくしている腕があたしのそばの床に落ちて、思わず叫びそうになりましたが、だめです。怖くても、声あげちゃだめ。マゼランの邪魔になる。緑の宇宙人は声も上げず、赤い三つの目でマゼランを睨み付けました。
〈ビメイダーごときが、自然人に対してそんな口を叩けると思うなよ!〉

緑の宇宙人がどこから出したのか何か槍のような物を引っ張りだして構えます。マゼランが右手で左の肩当てに触れると、赤い肩当てがくるくるとほどけて、ぜんまいばねとリボンの中間のようなものに変わりました。それを鞭のようにぱしっと打ち鳴らし、マゼランは緑の巨体にだっと飛び込んでいきました。
身体の大きさの差も重い鎧もものともせず、マゼランは素早く回り込んでは緑の宇宙人を叩きのめしています。こんなに強いならもう大丈夫。さっきエネルギーも補給できたって言ってたし、武器も使えてたし、相手も一人です。あたしはどうしたら‥‥。そうだ。一緒にさらわれた人達は‥‥?

あたりを見回すといつのまにか部屋の隅っこまで運ばれてたことがわかりました。すぐそばに二つの袋。海岸で袋に入れられちゃったカップルです。ちょっと押してみたけど全然動きません。さっきのあたしみたいに寝てるだけだといいんですが‥‥。顔を上げたら例のフクロウさんの鳥籠が床に置かれてました。マゼランったらいつの間に? とにかくこの人を助けなきゃ。あたしはカゴに近づいてみました。

フクロウさんは背の高さは人間ぐらいだけど、あたしの倍以上太くて丸っこい人でした。よくみるとクチバシから羽根まで透明なバンドのようなのでぐるぐる巻きになっています。丸い四つの目が悲しそうにあたしを見ていました。マゼランの上着のポケットを探ってみました。ナイフだ! この前植木に絡まった犬の引き綱を切ってくれたやつ。あたしの腕なら鳥籠の棒の間から入るので、フクロウさんに向かって手招きしてみました。
フクロウさんはちょっと目を丸くしましたが、すぐ近寄ってきました。頭を下げあたしに向かってクチバシを差し出してきます。賢い。あ、こんな姿ですが宇宙標準語をしゃべるそうだし、あたし達より頭いいのね、きっと。あたしはクチバシを巻いてるテープをそっと切りました。

〈ありがとう。身体のほうも切ってくれるか〉
「うん。じっとしててね」
身体の方にテープに手をかけると彼(かどうかはわからないけど)が言いました。
〈ん? 私はシリウス星圏語しかわからないんだ。できたらそれで話してもらえないか〉
あたしは困ってしまい、唇に指をあてて首を振ってみました。
〈ああ、聞き取れるが話せないのか? 勉強中なんだな。私も昔はそうだった〉
ぜんぜん違いますが、あたしはうんうんとうなずいて、ベルトを切り始めました。ナイフの切れ味がとてもよくて、わりとすぐにフクロウさんを自由にできました。

でもこの籠からどうやって出してあげたらいいんでしょう。籠の周囲を回ってみましたが出入り口が無い。
〈やつらが触らないと開かないようになってるんだ〉
あたしは頭にきて力任せにゆすってみましたが、どうなるわけもありません。

「陽子、籠から離れて!」
マゼランの叫び声がして、言われた通りにしました。マゼランが今度は変わった声を上げます。英語でも日本語でもないしバレッタもなんにも言わない。でもフクロウさんが床に小さくなったので、この人達の言葉なんだと思います。そのとたんマゼランのグライダーが飛んできて籠の上部を薙ぎ切りました。籠がばたんと倒れ、あたしは中からフクロウさんが出るのを手伝ってあげました。

〈助かった。君はスタージャッジのアシスタントなの?〉
フクロウさんがそう言います。あたしはちょっと悩んでから首を横に振りました。Yesと言えたらどんなにいいでしょう。でも、あたしはマゼランのことを知らなさすぎる。ほんとに、なんにも知らなくて‥‥。
〈違うのか。この星の住人?〉
今度はYes。その通りです。

〈そうか。君達は素晴らしいスタージャッジに守られてるんだな〉
「え?」
〈私の生まれた頃、私の星はもう連盟に加盟していたからスタージャッジのことは話に聞くだけだった。命令に忠実で担当する星を守るためには多少の犠牲はものともしない。長期に渡ってその星を外敵から保全し続ける頑固な管理人‥‥。それがよその星の住人である私を助けるために乗り込んできてくれるなど思いもしなかった。私を傷つけまいとあんな目に遭ったのに、なおまた来てくれるなんて‥‥〉

あたしは胸が一杯になりました。そしてさっきちょっとでもマゼランを怖いと思った自分が恥ずかしくなりました。マゼランはたぶん命令に違反してこのフクロウさんを助けようとしたんです。そして今も必死で‥‥。

ずっと必死で‥‥。ずっと独りで‥‥。2400年もの間‥‥


「だあっ!」
緑の巨体の背中に後ろ向きにのって、頭上から手を伸ばして相手の首を掴んだマゼランが、巨体を思い切り放り投げて壁に叩きつけます。
「IDカノン!」
片手を高く掲げたマゼランめがけて白いグライダーが舞い降りる。これで終わり。これでマゼランの勝‥‥

だんっという蹄の音。
「な‥‥っ!?」
マゼランの身体めがけていきなり青い四つ足が飛びかかりました。さっき‥‥さっき倒したのに、なんで!?
〈我々の修復力を甘く見るな! アトロス、そいつを逃がすな!〉

青い胴体だけの巨大な馬が、太い足でマゼランを床に押さえ込みます。
「あ、ID…スライサー!」
〈やらせるか!〉
緑の奴がグライダーを捕まえ、片羽根を折ってしまって‥‥。

〈逃げるぞ!〉
フクロウさんの声ではっとしました。あの緑の宇宙人がこっちに来ます! 後ろの片足を引きずってるけど、大股で速い!
「待って、お願い!」
あたしは男の人と女の人が入ってる二つの袋を必死に引っ張りました。この人達が捕まったらマゼランはまた‥‥。でも重い。動かないっ‥‥。
〈まかせろ。君は背中に乗れ、早く!〉
ばっと羽根を広げたフクロウさんのお腹から触手がでてます! 彼がお腹に袋を二つ抱え、あたしは言われた通りに背中に乗りました。フクロウさんはすぐ飛び上がりましたが、なかなか高くあがれません。
〈お、重い!〉

〈待てぇ!〉
恐ろしい声と共に、フクロウさんががくんと引っ張られる感じがして、そのあと急に軽くなりました。積まれた檻の上をめがけて上昇しながら振り返ったあたしは、人が入っている袋を一つ掴み取っている緑の宇宙人の姿に、息が止まりました。

〈スタージャッジ! これを見ろ!〉
緑の宇宙人が大声で怒鳴ります。青い身体をなんとか押しのけたマゼランが動きを止めます。
〈わかってるな。この中にはこの星の原住民が入ってる。潰して欲しいか!?〉
〈やめろ!〉
〈なら動くんじゃない。アトロス。やってしまえ!〉
〈ぶっ飛ばしてくれた礼をたっぷりとしてやるぜ!〉

驚いたことに青い胴体の上部にラクダのコブみたいにもこりと頭部が生えかかっています。まるで悪夢。それがマゼランを思いきり蹴飛ばしました。倒れたマゼランを太い前足で何度も踏みます。マゼランは手足の鎧でガードしようとしますが、青い宇宙人は2本の前足でめちゃくちゃに蹴りつけて、ガードを蹴散らしてしまいます。
〈後悔させてやる! この出来損ないのビメイダーが!〉

世界が凍ったように感じました。一切抵抗しないマゼランの身体が、壊れた人形のように宙を舞い、何度も踏まれて‥‥。何度も何度も‥‥。

やめて‥‥。やめて、やめて! マゼランが死んじゃう! 死んじゃうよ!

あたしはマゼランの所に行こうとしますが、フクロウが羽であたしをおさえます。
「離して! 離しなさい!」
〈静かにして! 彼が君に何か言ってる!〉
痛いほどに揺すぶられて、やっとあたしを呼ぶマゼランの声に気づきました。

「陽‥‥子。落ち着け…」
壊れた床の中からゆらりと立ち上がったマゼランのマントが消えています。腕の盾の部分も。よろめく彼の銀のゴーグルがあたしを見上げ、とぎれとぎれの日本語が聞こえてきました。
「大丈夫だ‥‥。そこに‥‥いろ。すぐ、終わる‥‥」
〈何をごちゃごちゃと!〉
蹴りこまれた足を受けても、それを押しとどめる力がマゼランにはありません。でも何をされてもマゼランは立ち上がって来る。それが青い宇宙人には頭に来るようでエスカレートして‥‥。もういい。マゼラン、もういいよ‥‥!

もう何回目か、壁に叩きつけられたマゼランの身体が一瞬ぼわっと広がったように見えました。あっと思ったらそこに居たのはいつものマゼラン。‥‥なんで‥‥。その姿じゃ、本当に死んじゃう!

〈サポートアーマーが維持できなくなったなったか。エネルギーが尽きたようだな〉
壁で身体を支えながら立ち上がったマゼランは肩で息をしながら言いました。
〈だけど‥‥まだこうして‥‥ぴんぴんしてるよ‥‥。ぼろぼろのお前らとは‥‥えらい違いだ〉
〈そんな状態で、まだ強がりか〉
〈名の売れたポーチャー・コンビも‥‥たいしたこと無いって‥‥言いたいだけさ〉
〈なんだと!〉
〈アトロス、どけ。あとは私がやってやる。手足を全部もぎとって、まだそんなことが言えるか、試してやる〉

今まであまり手を出さす、背中側の手で袋を持って見ていた緑のが足を引きずりながら踏み出しました。それがマゼランに両手を伸ばした瞬間、マゼランがぐんと跳ね飛びます。緑の宇宙人の頭上を飛び越え、人質の袋を奪い取りました。それをあたし達のいる場所めがけて投げ上げる! フクロウさんが飛び出して空中キャッチしてくれました。

「IDカノン!」
床に落とされていたグライダーががたごととなんとか変形しました。マゼランはそこまで走ると大砲を真上に向けます。
「全弾装填! ファイアっ!」
立て続けに大きな発射音がして、天井に大きな穴が空きました。そこから青空が‥‥。いつの間にか海上まで出ていたんです。マゼランがフクロウさんの言葉で何か叫びました。フクロウさんがお腹の触手で袋を二つ抱えました。
〈警察のシップが来るそうだ。背中に乗って!〉

でもあたしはそんな言葉聞いてませんでした。マゼランがぐらりと崩れて、そのまま座り込んでしまったんです。完全に力を使い果たしたように‥‥。身体を起しているのさえ辛そうなその様子は、昨夜のマゼランとそっくりでした。

『エネルギーが尽きたようだな』って緑の宇宙人の言葉が蘇りました。エネルギーって‥‥まさか、武器のエネルギーじゃなくて、マゼランのエネルギー? 無くなると変身できなくなって、マゼランも動けなくなっちゃうような‥‥。

でも昨夜は‥‥? 会った時は確かに疲れてたけど、別れる時は元気そうで、すごいスピードで砂浜を駆け上がって行って‥‥。


昨夜のマゼランの様子を必死で思い出します。

(君の所に行かなきゃならなかったのに‥‥)

あんなにいきなり‥‥ちょっと乱暴なくらいの‥‥キスするなんて、マゼランらしくなかったのは確かで‥‥。

(君に付きまとうのは確かに理由がある)

ラバードさんの時も‥‥変身したのはキスのあとだった‥‥‥

(君と会えたから、もう大丈夫)

あたしは自分の唇に手を触れました。

‥‥あたし‥‥‥‥



緑の宇宙人がマゼランのすぐ前まで近づいていました。マゼランがそれを見上げ、口の端だけで笑いました。
〈お前達は‥‥もう逃げられない。船は飛ばない。‥‥浮上させる時に細工したんだ‥‥〉
〈スタージャッジ、貴様‥‥。いい覚悟だな‥‥〉
〈ああ。僕の身体は‥‥くれてやる。好きにしろ。‥‥だが四人は警察に‥‥〉

「いやよ! そんなの絶対いや!」
檻の棒を滑りおりた手がひりひりと熱い。でもあたしの身体はもっと熱くて、まるで蒸気になったよう。

「‥‥よ、陽子、ばか! くるな!」
「バカじゃないもん。怖くもない!」

お願い、あたしの考え、当たってて!

あたしは空を飛ぶように走ってマゼランの腕の中に飛び込みました。
まん丸な目をしたマゼランの頬を両手で包んで、そっと唇を近づけます。

大好きな人に生きていて欲しい。ただ一つの願いを全身全霊で祈りながら‥‥。


2007/2/18

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