スタージャッジ 第1話
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全身が目を覚ます。
センサーからの情報量が倍増して、伝達速度が上がっていく。

陽子が頬を染め、背伸びをやめてうつむいていく様がスローモーションみたいに映る。緊急モードに慣れるまでの一瞬の夢。すでに自由になった手で、その栗色の髪を抱き寄せて頬ずりした。

ありがとう。

君が今、僕のそばにこうしていてくれることに感謝する。

口をあんぐり空けて固まってる親父さん。なんか古代の遺跡みたいですけど。驚かせて済みません。
でも‥‥

向き直ると同時に伸びて来たラバードの髪束を右手で掴みとった。高く上げた左腕の周囲にはすでに装甲が装着されてる。それがカシャンと僕の腕を包むと同時に下腕にそって鋭いエッジが現れた。ぐいと引き寄せた髪をその刃で叩き切る。

「またこの人達を狙うなら、容赦しない!」
「はん。聞いたふうなことを。誰かを守る戦いなど、したことも無いくせに!」
「なら学習するさ! クラッディング!!」

一瞬で僕の身体は重厚なサポートアーマーと防護マントで覆われた。体内のコントローラーがエントロピー・リミテイション・スティック内の原子と周囲の原子を使って作り上げる装甲。身体の各部で神経経路、エネルギー循環経路と直結し、僕の"意志"という信号に即応する第二の皮膚。ビメイダーだからこそ使いこなせるウェラブル・ウェポンだ。

「ラバード! 住人の許可なく領空内に基地の建設をするのは重大な未接触惑星保護法違反だ! 速やかに退去しろ!」
「スタージャッジを取り押さえろ! 頭さえ残れば破壊しても構わん! 地球人を確保しろ!」

ぞろぞろと大量のフラーメが屋根に上がってきた。あまりの数に陽子が怯えた声をあげる。
「マゼラン、い、いっぱい来たよ! ラグビーボールみたいなのも!」
「大丈夫。僕から離れるな」
陽子は素直に僕の背中に身を寄せた。親父さんはそんな陽子を庇うように僕と背中合わせに立ってる。アーマーにはあちこちに視覚センサーがあるから、今の僕は文字通り背中に目があるんだ。

「いったい どーする気だ」
親父さんが抑えた声で言う。
「やつらをもう少しおびき寄せたい。その状態で屋根を破壊します。陽子は僕に任せて親父さんは背中に掴まって‥‥って、ちょっと!!」
「おお、掴まってやるとも! こーか!」
「それっ く、首締めてますっ!」
「何が『陽子は任せて』だぁああ! よくもワシの娘を!!!!」
「パパっ そんなことやってる場合じゃないでしょ!」
まったくだ。まったくその通り。

「諦めろ、スタージャッジ。そんな調子で逃げ切れるわけがないだろう?」
ドタバタしている僕らを見てラバードが笑った。
「確かに。意外と難しい課題みたいだな」
「だろう? 慣れないことはやめておくんだな」
「違反者と取引する方が、よほど慣れないさ」
ラバードとくだらない会話を続けながら、僕はセンサーでフラーメ達の動きを見ている。陽子と親父さんをかかえた僕の様子に彼らも油断したようで、かなり近寄ってきてる。この数なら、基地の殆どのフラーメがそろってるのかな。そろそろいいか。

「IDカノン!」
グランゲイザーから呼び寄せておいたバズーカを引き下ろし、砲口を真上に向けて支えると、砲弾そっくりのリモート・バルブを装填した。
「耳ふさいで!」
発射された四つのバルブは僕らを取り囲んだフラーメ達の頭上を越えて、屋根の四方にずどんと落ちる。ラバードが高笑いした。
「何処を狙ってる! その上、不発と来たか!」
もう砲口は真下に向け直してある。
「これでいいんだよっ! バイブレーション・シェルッ!」

ファイヤーと言いたいとこだけど、まるで工事現場のクラッシャーみたいな感じだから省略。独特の振動が足下に広がったのを確認すると、陽子を抱き上げ親父さんをとっつかまえる。アーマーの重力サイクロンを逆転させて飛び上がった。IDカノンは脳波でコントロール可能だ。でっかいラジコンと言ったらいいのかな。バルブを戻したカノンは空に待避させた。

「逃がすか‥‥なっ!?」
ラバードが髪を振り立てた瞬間、分厚い氷のように見える迷路の屋根全体に細かいヒビが入り、そのまま崩れ落ちた。迷路の中に大量のフラーメがうようよして、上から見るとちょっと気味が悪い。
振動砲はバルブと連携して物体の共振周波数の振動を送り込むIDカノンの一つの機能。火器でぶっ飛ばすより被害も少ない。いつでも使えるわけじゃないけど今回みたいな一様な材質だとばっちりだ。半透視材は割れやすいしね。

「マゼラン、すごい! 飛んでるの!? 飛んでる!」
「陽子、お願いだから、はしゃがないで!」
「だって、すごいよ、わーい!」
「空が飛べたって、ワシは許さんぞぉおお!」
「うわっ 暴れないで下さい!」
だ、誰かを守る戦いって、難しいな‥‥。

倉庫のような建物のそばに着地した。腕から降ろした陽子が急に崩れかけて、びっくりして抱きとめた。
「どうした?」
「あれ‥‥。ごめん。なんか、へん‥‥」
親父さんが慌てて回ってくると、僕から奪い返すみたいに陽子を抱き取った。
「大丈夫か! 空気が薄いから気をつけろって、あれほど‥‥」
「あっ! ここ、高度が‥‥!」
「さっさと気づけ! ずっとお前を心配して、具合が悪くなるゆとりもなかったんだ、この子は!」
「‥‥済みません。とにかくまず地上に降りないと。あの飛行艇を使いましょう」

甲板に止まっている飛行艇に向き直った時、上空を明るい帯が流れたように見えた。僕達の行く手を遮ったのはラバード。基地上部に渡っている梁のような構造物に髪を巻き付け、テナガザルよろしく飛んできたのだった。
「逃がさないよ、スタージャッジ」

明るい満月の光に包まれて、幾束にも分かれた金とオレンジのメッシュの髪を揺らめかせ、左手を腰にあてて立ちはだかるその姿は、いつ見てもクールな設計だと思う。髪にちりばめられたアクセサリーが煌めき、いつもより派手な印象だ。彼女の"髪"は、束単位で自在にコントロールできる細いワイヤーだ。地球の神話のメデューサに似てるが、機能的に見ると蛇というより器用なサルの尻尾がたくさんついてると言った方がいい。

そう、こいつは三千年ほど前、つまり0024が担当だった頃から地球に来てた。地表に下りてしまったラバードが目撃されてゴルゴンの三姉妹の造形に影響を与えた可能性もあるだろう。0024の名誉のために言っておくが、あの時代はもっと悪質な侵略者が多くて、手が回らなかったことがあったんだ。ただそんな時、彼女は他の侵略者を追い出すために、0024に協力することがあったそうで、ラバードと僕らは"腐れ縁"なのである。

「あとにしようぜ、ラバード。時間はいくらでもあるだろ」
いくら腐れ縁でも、今はこいつとはやり合いたくない。さっきの接触で得たエネルギーでは長時間のアーマー着用は無理だ。僕が陽子の身体に口づければ、浸透圧差で移動する溶媒のようにHCE10-9が僕に流れ込むが、流れが穏やかな分、一度に回収できる量は限られてしまう。でも流量を増やしたら確実に陽子を傷つけるだろう。

とはいえ世の中、思うようには回らない。背の高い女ビメイダーはにっと笑い、予想通りの態度に出た。
「お前と付き合うのも、もう飽きたよ。ここで決着をつ‥‥!」

僕はもう突っ込んでた。早く諦めてもらうしかない。伸びてくる髪束を避けて身体を倒し、床すれすれに飛び込むと細い足を蹴り払う。彼女がそれを避けた時、僕はもう後ろに回ってた。そのまま後ろ髪を掴んでぶん回し、倉庫から離れた大きな柱に思い切り叩きつけた。

ラバードは暫く起き上がってこなかった。ちょっと心配になって近づいたら、一部壊れた柱に体重を預けるように、よたよたと立ち上がった。
「‥‥前から言おうと思っていたがな‥‥、スタージャッジ」
「なんだ?」
「貴様は女性に対する振る舞いがなっていない。わたしは民間のメイド・ビメイダーなんだぞ」
「そんなこと言うなら、もっとおしとやかにし‥‥う、わわっ!!」

上の梁から降ってきた髪が僕の両腕に絡みつく。なんでだ、と思って見たら、ラバードの奴! 柱の中に髪を一部通してたんだ! がくんとつり上げられ、破壊された梁の部材もろともに床に叩き付けられた。こんな乱暴なメイドさんがどこにいるんだよ!

もう一度振り上げられたが上腕のカッターで髪を切って抜け出した。相手からもらった遠心力を利用し、上空高くからラバードに向かって蹴り込む。ラバードが残りの髪束を彼岸花のように広げた。こうなったらもう、ショートカットにしちゃうぞ!

「IDスライサー!」
カノンの翼に鋭いエッジが現れ、遠隔操作の大きなカッターに早変わり。小さな白い機体は月光を柔らかく弾きながら、ラバードと僕の間を舞い降り舞い上がる。ラバードの髪が急停止。よし、と思った刹那、その髪から例のきらきらアクセサリーが飛んだ。
「なっ!?」
防護マントがなびいて剥き出しになっていた脚部に煌めく小さなマシンが大量に張り付き、それが関節部に入ってくる! それもノイズ信号を放出しながらだ!

「トゥインクル・ワームだ! アーマーは使えんぞ!」
床に転がった僕に勝ち誇ったラバードの声が浴びせられる。このやろう。こんなもんで僕を止められると思うなよ。
「サブリメイション・ヒート!」
身体に巻き付けた防護マントが強烈な熱に変換され、ラバードのミニマシンが蒸発した。アーマーの外側もとんでもない温度になるが、熱電素子が熱の拡散を電流に変換する。エネルギーを貯めて内部の僕を護る一石二鳥だ。床から跳ね起きた僕はラバードの懐に飛び込んだ。

「スタージャッジ!」
彼女の髪がまた襲ってくる。今度は避けず、頭部のマルチクレストを前方に広げた。赤いマフラーみたいに見えるが、様々な用途の伝導ラインをシート状にまとめたもので、先端部のフリンジ状の部分が端子だ。導線の中にはアーマー内部のアース経路と直結している線もある。そいつの電圧を上げてラバードの髪束に突っ込ませ、アースの末端の一つになる上腕プロテクターの先端を彼女の喉元に押しつけた。
「がっ!」
ラバードが頭を押さえてうずくまる。髪束がぴたっと動きを止め、主の身体にまとわりつくように落ちた。髪から電流を流し込まれるなんて、僕だってかなりイヤだが仕方ない。

僕の右手にはもうジャッジ・スティックが握られてる。バトンのようにくるりと回すと棒が少し伸びて、両端がL字型に変化する。これは地球で言ったら特殊警棒みたいなもので、伸縮可変で結構便利。レーザーランセットの柄でもある。ラバードの肩幅に調整した縦長のコの字型スティックで、まだ頭を抱えている彼女を別の構造物の壁に押しつけた。

「もう出て行ってくれよ、ラバード。こんなやり方したって、あんたが損するだけだ」
僕の目線よりまだ高いところにあるラバードの目を見上げてそう言った。だが彼女は下目で僕を見据え、また不敵に笑った。
「お前に偉そうなごたくを並べてるヒマがあるのか?」

ラバードの唇がすぼみ三万ヘルツほどの音が響いた。六本足の爪が固い甲板を蹴る音。リークが背中を駆け降りたような気がした。ばっと陽子達を振り返った瞬間。

足下がいきなりぱくりと開いた。落ちかけて慌てて飛び上がろうとしたが、床から例の牢獄粘土が噴出して僕を覆った。強烈な勢いで床下に引きずり込まれ、かろうじて肘先で床面を捉える。でも、頭部以外は全部が白くくるまれたこの状態では、こうしているだけで精一杯だ。

「抵抗したら襲わせるぞ。大人しくするんだな。もっともいくらもがいたところで抜けられまいが」
メアロタンギはもう陽子達のすぐそばをぐるぐる回っていた。こんなに近くちゃカノンやスライサーじゃ攻撃できない!
「陽子! 親父さん!」

「パパ、急に動いちゃだめよ。逃げたらだめだよ」
「わかっとる」
驚いたことに、父親の腕から離れた陽子がそっとひざまずき、なんとメアロタンギに話しかけ始めた。
「え、えっとね。今日はアイスクリーム、ないの。ごめんね」
メアロタンギはぐるぐる回るのをやめ、陽子をじっと見ている。
「でも、キャンディならあるんだけど、食べる?」

「陽子。本当に持っとるなら、こっそりパパに渡しなさい」
「うん」
陽子が後ろ手に親父さんに何かを渡した。今度は親父さんが陽子から少し離れる。メアロタンギはそちらに向きを変えた。
「どうかな?」
親父さんの手の動きにつられ、メアロタンギがぎゃおっと口を開けた。親父さんがキャンディをぽんと遠くに投げる。

「こらっ、ミーナッ」
ラバードが怒りの声をあげたが(あのメアロタンギ、ミーナって名前だったのか!)、メアロタンギはだっと走り出し、落ちたキャンディの粒を嘗めとったようだ。親父さんはそこめがけて何粒ものキャンディを投げつけてる。
「この役立たず! フラーメども!」

チャンス!
「クラッド・オフ!!」
装甲を解除する一瞬、僕の本来のボディと装甲の間には隙間ができる。装甲に粘土を押しのけさせるようにして、僕は拘束から飛び出していた。一足飛びに陽子と親父さんのそばに舞い戻る。
「マゼラン!」
そう叫んですがりついてくる陽子を背中に回し、親父さんを引き寄せる。
「来るな、フラーメ達! IDスライサー!」
スライサーが僕らの周囲を飛び回り、フラーメ達が怯えて下がる。だが飛行艇に行くにはラバードを突破しなきゃならない。
「こっちへ!」
僕が陽子と親父さんを押しやったのは倉庫の方だ。シャッターを開き、二人を中に押し入れる。

「スタージャッジ!」
明らかに動揺を含んだラバードのわめき声を聞きながら、シャッターをぴしゃんと閉めた。スライサーだけでしばらくラバードを押しとどめられるか? 再度緊急モードになったとしても、今体内にあるエネルギー量から考えて、着用時間はもうそう長くない。いったいどうしたらいい?

「わあっ!?」
薄暗い倉庫の中央。夕日を思わせる赤みがかったライトの中、浮かび上がったのは例のアミューズメント・プランツの一つだった。ランダムな形状は確かに人造物ではない。これは"木"だ。だけど幹の上の方、枝分かれしている部分が球体関節のようになっていて、そこから上がぐるり、ぐるり、とゆっくり旋回している。あちこちにカボチャを思わせる大きな実がついていた。

「すごい! すごーいっ」
陽子はもう木の幹に手を回してる。
「よーしっ」
「あっ 陽子! だめだ、登っちゃだめだよ!」
今にも幹に足をかけようとした陽子を慌てて止めた。
「どうして?」
「それは地球の木じゃない。どんな危険があるかわからないだろ?」
「‥‥でも、素敵な夢の木に見えるよ‥‥」

そうだね。確かに夢の木だ。でも‥‥

スタージャッジの任務と切っても切り離せないジレンマ。この広大な宇宙の様々な知識や技術。それがあればこの星の重大な問題すらすぐに解決するだろう。ただし、極めて局所的に。
だからこそ自分達の足でそこまで行かなければ‥‥。
「夢の木は、君達地球人が作らなきゃ。君達から探しに行かなきゃ。ね?」

「‥‥うん‥‥」
頷いて幹から手は離したものの、陽子は俯いてしまい、僕はちょっと寂しくなる。その肩をぽんぽんと叩いて向きを変えさせたのは親父さんだった。
「あいつの言う通りだ。夢は自分の力でたどり着かんと、色褪せる」

ガツンという音がしてスライサーの飛ぶ音が止まった。シャッターが押し上げられ、フラーメ十数体が飛び込んでくる。
僕は少し飛び出し、手前にいた雌のフラーメの槍を掴むと、相手を思い切り振り飛ばした。遠くの壁まで吹っ飛んでべしゃりと叩きつけられたところに、そいつの槍を投げつける。頭のすぐ脇に槍が深々と突き刺さったのを見た"ウミウシ"フラーメは、震え上がったあげくに絞ったタオルのような形になってしまった。

「僕を怒らせるな! 本気で死にたいか!」
僕は今まで彼らに対してはかなり手加減してた。だからこの乱暴にはびっくりしたらしい。怯えて引いたフラーメ達が入り口のあたりにごしゃっと集まる。それを突き飛ばすように、ラバードが入ってきた。
「ええい! ひるむな!」

困ったフラーメの一人が槍を投げた。親父さんと陽子の上に被さるようにして屈ませる。槍がどすり、と木の幹に刺さった。
「後ろへ!」
親父さんと陽子を押しやるように木の後ろに回り込んだとたん、ラバードの悲鳴と怒声とフラーメの泣き声が入り交じった。たぶん頭を思いっきり殴られたんだろう。もちろん後続の槍は飛んでこない。

「はは‥‥。この木をよほど傷つけたくないんだな。ここにいれば少しは安全そうですよ」
「なに? この木はあの女ボスにとって大事なものなのか?」
親父さんが聞いてくる。
「はい。苦労して作った試作品なんだそうです」
「馬鹿か、お前は。じゃあ話は簡単じゃないか」
「え?」

親父さんが懐から銃を出した。陰から飛び出すと木に向かって銃を構えて怒鳴った。
「こちらの要求を呑まんと、この木に火をつける! そう言え、宇宙人!」

げ! 親父さん、なんて卑怯なことを思いつくんだ。さすが、自然人!‥‥って感心してる場合じゃない。
「ラバード。僕らの安全を確保しないとアミューズメント・プランツを燃やしちまうぞ!」
「くっそぉおお! スタージャッジ! 卑怯だぞ!!」
「どっちがだ! とにかくさっさと地球から退去するんだ!」
「ええい! もったいないが仕方ない! そのツリーは捨てる! フラーメども、ツリーを傷つけても怒らん! 怒らんから、行けっ」

あっ 想定外! どうしよう‥‥。ええと、ええと‥‥そうだっ!
「待て、ラバード! このツリーの特許の問題だがっ!」
「なに!?」
「昨日採取したアミューズメント・プランツの芽はもう本部に送ってあって、綿密な調査中だ。で、今のまま、あんたが未接触惑星保護法違反とスタージャッジの任務妨害を続けると、この植物のノウハウ、全宇宙向け無料公開技術になっちまうが、いいか?」
「な、なんだとーっ!」

「カミオの連中もリーライ人も商売になるから協力してくれたんだよな?」
「何が言いたい!!」
「該当の技術が未接触惑星の侵略に使用された場合で、著作権者がその犯罪に関わっていた場合、権利は消滅するんだよ。でも、あんたがおとなしく退去してくれれば、僕も考え直す」
「き、脅迫する気か、貴様!!」
「まだあんたは具体的な被害を及ぼしてないし、今すぐ退去するならあの芽、僕の一言ですぐに本部から返してもらえるけど、どうする?」
「きっ貴様という奴は〜〜! この卑怯者! おたんこなす!」

き〜っという書き文字でもしたくなる様子で、ラバードは頭をかきむしっている。陽子と親父さんはびっくりしてそれを見つめていた。
「おばさん、どうしちゃったの?」
お、おば‥‥。僕は思わず吹き出してしまった。
「悪いことすると、あの木の特許の権利が無くなるよって言ったんだ」
「それはむごいことを! お前には寛容というものはないのか、寛容は!」
んなこと言ったって! 親父さんだって、木を燃やすって言ったじゃないですか!

「で、どうするんだい、ラバード」
「‥‥‥‥‥‥」
「なあ、早くしないと朝になっちゃうぜ」
「‥‥‥‥わかった。撤収する」
「よかった〜。わかってくれたか!」
「そのかわり、芽をすぐ返せよ」
「ああ。この基地が地球の空域から出たことを確認したらな」
「くっそぉおお、偉そうに! 覚えてろ!」
「何言ってんだ。お互い忘れたいことだって忘れられないじゃないか」
「‥‥まあ、そうだな‥‥」

振り返ると親父さんと陽子はゆっくりと旋回する不思議な木をじっと見上げていた。
「夢の木だよね、やっぱり」
「そうだな」

この木はもっと大きくなるんだろうか。あの実に陽子と乗りこんで、のんびりぐるぐる回ってたらさぞかし素敵な気分だろうな‥‥。

ふとそんなことを考えてる自分に気づいて、僕はちょっと驚いていた。

 * * *

「お、あの海岸ならちょうどいいかな。誰もいないし‥‥」
「どこがだ? 何にも見えないぞ」
「僕の目、親父さん達とちょっと違ってるんですよ。大丈夫。任せといて下さい」
「お前に任せると、ろくなことがないだろーが!」
「えー、もう終わり? もうちょっと乗ってたいよ〜」
「だーめ! それよりちゃんと座ってて。着陸するよ」

ラバードから小さな飛行艇をもらい受けた僕は、陽子達と共に地上に戻ってきた。さすがに生身の人間を二人抱えてあの高さから飛び降りるわけにはいかない。着陸したのは岩場に囲まれた小さな砂浜。なんの照明も無いから地球人的にはかなり暗い。それでも東の空はうっすらと明るくなってきている。

陽子と親父さんを降ろしてから操縦席に戻ると、飛行艇を海上百メートルほどの位置にホバリングさせた。この位置を正確にグランゲイザーに伝えなければならない。再度エマージェンシーモードになって陽子達のいる場所まで舞い戻った。

「あ、マゼラン、また変身したの? この姿もかっこいいよね」
陽子が防護マントの留め具のあたりを撫で、嬉しそうに頬ずりする。なんだかくすぐったいような感じがした。
「変身っていうか単にアーマーを着てるだけなんだけどね。それより飛行艇を始末しないといけないから‥‥」
「始末? 爆破でもするのか?」
「はい。地球外のものですからここに置いておくわけにも‥‥。ラバードはいらないって言ってたし」
「いやはや。お堅いことだ」
僕は片膝をつくと防護マントを大きく広げた。
「二人ともちょっとこの影に入っててください。エネルギー波が少し来ます」
陽子が目を輝かせ、僕の立て膝に抱きつくようにして座り込む。親父さんも不機嫌そうにそれでも影に入ってきた。僕は小さく呟く。
「ヴァニッシュ」

一瞬の眩い光。だがすぐに薄闇に戻る。飛んでくる破片すら無い。密度変化と少しの熱の波動が届いただけ。グランゲイザーの誇る驚異の主砲だ。衛星軌道の高度から地表の一点を正確に撃てる。計算しつくされた高レベルのエネルギー線で、特に今のように分かり切ったターゲットの場合は、周囲に大きな影響を与えずにそれを消滅させることができる。

「終わりました」
僕の声に顔を上げた親父さんは、さっきまで大きなシルエットのあった空間を仰ぎ見てひゅーっと口笛を吹いた。
「一瞬で、影も形も無し‥‥か。こんなすごい武器を持っていながら、どうして使わなかったんだ?」
「これはどっちかっていうと後始末用で‥‥。基本的には壊したり傷つけたり、あんまりしたくないんですよ。大人しく退去してもらえれば、それに越したことはないんです」

僕は立ち上がり、二人から数歩離れた。
「クラッド・オフ」
武装を解いて向き直る。これで一応任務完了。二人も無事‥‥。

そこでふと気づいた。親父さんの上着を羽織っている陽子に近づき、その上腕にそっと触れる。ラバードにさらわれた時にピンクの上着を無くしちゃったそうで、その代わりも考えてあげなきゃ。
「ねえ、君、これ‥‥。この包帯、もしかして‥‥」
「あの髪の長いおばさんが巻いてくれたのよ」
「えっ‥‥?」
「マゼランが白いので包まれちゃった時ね。おばさんはすぐ髪をほどいてくれたんだけど、たくさんすりむいちゃってて‥‥。気づいたおばさんがびっくりして、これ巻いてくれたの」
「‥‥ラバードが、そんなことを‥‥」
陽子がこっくり頷くと、自分で自分の両腕にそっと触れた。

「だからあたし、マゼランについて行けたんだと思う。でなかったら怖くて円盤乗れなかったかも‥‥」
陽子はちょっと恥ずかしそうな表情を浮かべて俯き、瞳だけで僕を見上げた。
「ごめんね」
「謝ることなんて、なんにもないだろ? 本当はあんな危ないこと、しない方が‥‥」

もし、陽子が来てくれなかったら、どうなってたろう。たぶん僕のこの身体はあの基地で終わりを迎えていたはずだ。輝くようなこの子との記憶と共に。

胸のあたりが何かで一杯になった気がした。でも決して不快じゃなくて‥‥。陽子からのHCE10-9の回収はまだしばらくかかるし、それは大変なことのはずなのに、なんだか無性に嬉しいような。これがラバードが言ってた、惚れてる、つまり、好きということなのかどうかが、僕にはまだよくわからないのだけど。

「ありがとう、陽子」
手を伸ばして陽子の髪に触れた。陽子が顔を上げてにっこりと微笑む。その笑みはもうすぐこの世を照らす朝の光よりずっと眩しい。

と、いきなり僕の眼前に銃が突き出された。
「おっとそこまでだ。娘から離れてもらおうか」
僕は陽子から一歩離れて両手をあげた。
「お、親父さん、そんなもの持ち出さなくたって‥‥」
アミューズメント・プランツを燃やすって言ってた銃だ。

あれ? でもぜんぜんエネルギー反応がないぞ。金属反応すらないけど、なに、これ?
「お前のような奴はこうしてやる!」
「わっ」
僕の顔にいきなり冷たい液体が降りかかってた。

「もおっ パパ! ほんとにかけることないでしょっ」
目をぱちくりした僕の顔を陽子がハンカチで拭ってくれる。
「なん‥‥?」
「ウォーターガンよ。遊園地で買ったのね」
「さすがパワーレンジャーの祖国。よくできとる」

これでラバードを脅したってのか。もう、参っちゃうな。

「よーし、帰るぞ、陽子」
親父さんが陽子の右手を引っ張った。
「帰るって、だって、ここどこなの?」
「知らん。早く案内しろ、宇宙人」
「はいはい」
陽子の左側に歩み寄った。親父さんが何か言いたそうにしたが、陽子が右手で親父さん、左手で僕の腕をしっかり捕まえて放さない。

「そういえばね! あの子!」
歩き出しながら、陽子が言う。
「どの子だ」
と親父さん。
「遊園地のあの子よ、あの小さな犬!」
「ああ、そっちか。あの六本足の奴かと思ったぞ」
「もーっっ あの怖い子はもういいよ〜。あの子犬ね、飼い主の人に会えたのよ。人混みではぐれちゃって、向こうも心配して探してたんだって。すっごく喜ばれちゃった!」
「それは良かったね」
と僕。うん、と答えた陽子はとても嬉しそうだった。

僕もとても感謝してると伝えたかった。君がそばにいてくれて、僕は‥‥‥‥。
なんと言ったらいいのだろう。この気持ちを伝える方法を、僕は知りたい。

まだ地平線に潜ったままの太陽の光が、空に淡く映り始めてる。たまには始発の電車など使って帰るのも悪く無いだろう。

トラブルと不思議な安らぎを持って僕の前に現れた二人の地球人と連れだって、僕は小さな浜辺を後にした。二千年の孤独に浸み込み始めた、確かな温もりを感じながら‥‥。

2006/10/8 改稿 2013/06/24
   (おしまい)
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